安倍政権の〝参院選争点隠し″がこのまま続いていいのか、テレビ番組は、東京都知事選、イギリスのEU離脱、バングラディッシュ・テロで独占されている、2016年参院選を迎えて(その36)

 今回の参院選はいっこうに盛り上がらないといわれる。誰に聞いてもそうなのだから、このままでいくと投票率は空前の低空飛行になるかもしれない。なぜ盛り上がらないのか。先日、親しい友人たちと集まって選挙情勢について素人談義を交わした。結論は、安倍政権が内外の大事件を巧みに利用して選挙争点隠しに走っているからだ...ということになった。内外の大事件とは、東京都知事選、イギリスのEU離脱、そしてバングラデシュのテロなどのことだ。

 東京都知事選は首都の首長を選ぶのだから、数ある首長選のなかでも注目されるのは当然だ。とりわけ、舛添前知事が政治とカネの問題で辞任に追い込まれただけに、後任候補が誰になるかについて関心が集中する事情はわからないでもない。だが、東京オリンピックの課題や自公両党の「ボス」や「ドン」が牛耳る都議会の問題には一切触れず、誰が立候補した、誰が辞退したといった「ゴシップ報道」まがいの連日のテレビ番組には、そのレベルの低さに呆れてものも云えない。

 考えても見たい。いまは参院選の真っ最中なのだ。しかも改憲勢力が3分の2をうかがう危険性が指摘されている国政選挙なのである。現時点における選挙報道の重要性からすれば、都知事選の報道が参院選の報道よりも多いなんてまともな意識では想像もできない。都議会が改憲発議をするわけでもなければ、都知事が日本の行く末を決めるわけでもないのである。参院選の帰趨が日本の運命を決め、その上に立って安倍政権が改憲を強行しようとしているのである。それでいてテレビ番組が都知事選に集中するのであれば、これはもうマスメディア挙げての明白な「参院選の争点隠し」あるいは「参院選そのもの隠し」だと言われても仕方がない。

民放テレビが「都知事選特集」に集中し、みなさまのNHKが「参院選特集」に取り組まないとすれば、この国のマスメディア空間は空洞化するほかないだろう。多くの国民が新聞を読まなくなり、若者に至ってはスマホ以外に関心を示さないのが現状である以上、テレビ番組の与える影響は格段に大きい。それでいてみなさまのNHKまでがまともに参院選に取り組まないとなると、国民の関心は日々のニュースで消費され、物事を系統的に考える思考力を失ってしまう。

 そういえば、イギリスの国民投票でEU離脱が決まってからもう10日近くも経つというのに、この問題がアベノミクスに与える影響についての本格的な番組がいっこうに出てこない。また円高・株安の進行が5兆数千億円もの巨額の公的年金の運用損失をもたらしているというのに、それが大ニュースにもならなければ、ニュース解説でも(本格的に)取り上げられない。すでに2015年度の公的年金積立金の運用成績は、5兆数千億円の損失が確定している。株安が影響したもので、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が6月30日の運用委員会で厚生労働省に報告した。だが、安倍政権が7月10日投開票の参院選に悪影響を与えかねないとして、安倍政権は発表を故意に遅らせている。GPIFが公表するのは参院選後の7月29日だという(朝日新聞、2016年7月1日)。

 GPIFは国民年金と厚生年金の積立金約140兆円を運用している。中国が人民元を切り下げて世界的な株安となった昨年8月の「チャイナ・ショック」では、昨年7〜9月期の損失は7・8兆円だった。安倍政権は将来の年金支給に必要な利益を確保するとして2014年10月に運用基準を見直し、国内債券の比率を60%から35%に下げ、代わりに株式比率を50%に倍増した。当時から国民の貴重な年金をバクチ(株取引)に注ぎ込むものとして厳しく批判されていたが、それが現実の姿になったのである。いまこそみなさまのNHKは、特集番組「消えた年金!」を報道すべきときではないか。

 バングラディッシュダッカのテロ事件は凄惨そのものだ。とりわけ日本人多数が犠牲になったことは痛ましいというほかない。私にもJICA(ジャイカ国際協力機構)には知人友人がいて、海外活動の危険性についてはかねがね聞かされていた。しかし、これほどまでに身の危険が迫っていたとは知らず、テロの犠牲者やご家族の方々にはお悔やみの言葉もない。とはいえ、安倍政権がこの痛ましい大事件を最大限利用して参院選の終盤を乗り切ろうとしている事態は看過できない。安倍政権はどうやら情勢を「テロ対策」一色に塗りつぶし、安保法制を強行した安倍首相がその先頭に立って国民の命と安全を守る姿勢を強調することで、選挙戦を有利に展開したいとのシナリオを描いているようなのだ。

 安倍首相はこれまで選挙期間中、政策らしい政策を何一つ語ってこなかった。アベノミクスについては「エンジンをふかす」というだけで、その具体的中身は一切言わないし、語らない。イギリスのEU離脱による金融市場の混乱と世界同時株安については、「今日本に求められているのは政治の安定だ。こんな時に共産党民進党に勝たせるわけには絶対にいかない」と野党共闘を攻撃しただけだ。公明党山口代表も「世界の先行きが不透明だからこそ安定した政権が必要だ。自民党公明党の安定政権でなければこの難局を乗り越えることはできない」と同調するだけで、「政治の安定性」すなわち自公連立政権が勝利すればまるですべてが上手くいくと言わんばかりだ。

安倍政権はいま、国民にとっての悲惨なテロ事件さえも「国家非常事態」とみなし、政治の安定性を強調することで参院選の勝利を得ようとしている。彼らは改憲について選挙中何一つ語ることなく参院選で3分の2議席を確保し、選挙後は本格的な改憲策動をスタートさせようとしている。私たちは次々と起こる大事件の表層だけに目を奪われることなく、その底流と本質を見極めなければならないと思う。(つづく)