トランプ次期大統領の登場で安倍政権は崖っ縁に立たされている、TPP挫折、黒田日銀破綻、南スーダン駆けつけ警護の3大危機が今後安倍政権を襲うだろう、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その25)

アメリカ大統領選を衛星テレビで1日中見ていた。まるで世界の同時代史の進行を目の当たりにしているような気分だった。アメリカの抱える矛盾の深さを想うと同時に、アメリカと一蓮托生(対米追随)の道を歩もうとする安倍政権の無謀さに改めて危機感を抱いた。

この間、国内では安倍政権の対米追随外交やアベノミクスに対してどれだけ多くの批判が行われてきたかわからない。それでも安倍内閣の支持率が高止まりで崩れないのはなぜか。世にも「不思議な国」という他ないが、おそらく日本国民の間にはアメリカに付いていけば間違いないといった気分が蔓延しているのだろう。敗戦から70年間にわたって植え付けられてきた「対米協調」イデオロギーが日本国民の体質と化し、それ以外の選択肢が目に入らなくなっているからだ。

そんな日本国民にとって「寄らば大樹の下」であるはずの肝心かなめのアメリカで、米支配層が挙って拒否したトランプ氏が次期大統領に当選したのだから、これはアメリカのみならず日本にとっても「驚天動地」の出来事であるに違いない。大げさに言えば、「このままアメリカに付いて行って大丈夫なのか」という歴史的な疑問が、これから日本中で湧き上がってくることだろう。

このことは、安倍政権はもとより日本の支配層にとっても戦後最大の危機であることを意味する。「寄るべき大樹」が消えたのであれば、「別の大樹」を探さなければならない。寄生する以外に生きる術を知らない「蔓草」の運命というべきか、安倍政権は早速トランプ氏との接触を始めた。ヒラリー氏にすり寄っていれば大丈夫との目算が外れ、慌てて「顔つなぎ」に駆け回らざるを得なくなったのだ。見苦しいことこの上ない事態だと言わなければならない。それでもトランプ氏の選挙中の公約が本物であれば、これまでの安倍内閣の政策が悉く覆ることになり、安倍政権は内側からのみならず「外側」からも危機に直面することになる。

日本銀行は11月1日の金融政策決定会合で、物価上昇率2%の目標達成時期の見通しを「2017年度中」から「2018年度ころ」に先送りした。これは、日銀が「2%インフレ目標」を黒田総裁の5年間の任期中には達成できないことを認めたもので、事実上の「敗北宣言」を意味するものだ(朝日11月2日)。朝日新聞は11月4日、「アベノミクス、誇大広告はもうやめよ」との社説を掲げた。主旨は「どう言い訳をしても3年間の宣言が『誇大広告』だったことは否定できない」、「大胆な金融緩和は、『アベノミクス』の第1の矢とされてきた。それが失速して言う以上、安倍政権は経済政策全体について総括駅に検証すべきだろう」との主張である。

毎日新聞もまた11月7日、「2%物価目標、政府こそ失敗の検証を」との社説を掲げた。
――日銀は9月に「総括的検証」を行い、失敗の原因を分析した。(略)お金の量を驚くほど増やせば、物価が上がると人々が予測するようになり、本当に物価が上がる―。根本の筋書きが誤っていたわけだが、日銀は認めていない。
――では、これは日銀だけの問題か。物価上昇率「2%」は、12年末の衆院選で、「デフレからの脱却」を掲げ政権奪回に挑んだ自民党が公約に明記した。日本経済の実力に照らせば高すぎる2%の目標を、13年1月、日銀との競争声明に盛り込んだのは安倍新政権だ。
――その目標はいまだに実現していないばかりか、再三の先送りの末、最新の達成時期は目標設定から6年後の「18年ころ」だ。それさえ民間エコノミストらは楽観的だと見る。なぜ最も強調した国民との約束を果たせていないのか、少なくとも説明する責任が政府にはあるはずだ。

私は任期中に実現もしない「2%目標」を掲げた黒田総裁は直ちに辞任すべきだと思うが、それが出来ないところに黒田日銀の苦しい事情がある。黒田総裁が辞任するのは簡単だが、そうなると安倍首相の任命責任は免れず、安倍政権に危機が波及するからだ。こうして黒田総裁は在任中「2%目標」をオウム返しのように言い続けなくてはならなくなる。

されば、アベノミクスの残りの矢の中で交渉の促進が唯一のカードになるが、それがトランプ次期大統領の公約で完全に否定されてしまったのだからお話にならない。安倍政権がはかない望みを託していたオバマ大統領の在任中の議会承認も、11月9日の共和党上院トップの「年内の議会にTPP法案を提出しない」との発言で脆くも消えた。「TTP実現 窮地」と伝える日経新聞は次のように観測している(11月11日)。
――米共和党の議会指導部が9日、環太平洋経済連携協定(TPP)の年内承認を見送る考えを表明し、同協定の実現が窮地に陥っている。日本政府は米国の次期大統領に決まった共和党のトランプ氏に批准を働きかける考えだが、「TTP撤退」を公約する同氏の翻意は考えにくい。日本の通商政策は根本から見直しを迫られる。
――トランプ氏が考えを変えない限り、TPPは発効も破棄もされないまま漂流し続ける。それは安倍政権にとって大きな打撃となる。安倍政権は2018年までに自由貿易協定(FTA)締結国との貿易額が全体の7割になるよう締結交渉を進める目標を掲げている。その柱がTTPだった。
――TPPが風前の灯火となった今、政府は日欧EPAを「最後のとりで」と位置づけ、年内の大筋合意に全力を挙げる。ただEUとの貿易規模はTTP圏の3分の1で、TTPの代わりにはなり得ない。

 「お先真っ暗」とは、まさにこのような事態を指すのではないか。それでいて安倍政権はTTP批准にこだわり、衆参両院で(強行採決しても)承認案を成立させるというのだから、まったく気が知れない。世界情勢の変化も国内世論の何もかもに目をつぶって突き進むその有様は、まさに正気を失った「暴走集団」ともいうべき異常現象そのものだ。

 以上の2つの難題に加えて、今後最も懸念されるのが自衛隊南スーダン警護派遣問題の行方だろう。自民党は11月8日、国防部会などの合同会議を開き、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に当たる自衛隊部隊に、駆け付け警護などの新任務を付与することを了承した。公明党も例によって(自民党の言うなりに)歩調をそろえて同日午後了承し、政府は11月15日に閣議決定する方向だ。会議には現地を視察した柴山首相補佐官が出席し、自衛隊が活動している首都ジュバの治安について「比較的落ち着いている」などと説明し、防衛省の担当者も派遣予定部隊の訓練の習熟度が「十分なレベルに達した」と説明したという(NHKウェブニュース11月11日)。

すべては「発車オーライ」というわけだ。稲田防衛相もこれまで、南スーダンで今年7月に大規模な戦闘行為が発生しているにもかかわらず、これを「衝突」などと言い換えて、自衛隊をPKOに派遣する要件である「PKO5原則は維持されている」との見解を示してきた。こうなると近日、自衛隊の駆けつけ警護にともなう現地での「武力衝突」すなわち戦闘行為に伴う犠牲者の発生は避けられなくなる。

 だがこのことは、安倍政権にとっても大きな賭けになる。憲法9条を踏みにじって安全保障関連法を強行成立させ、あまつさえアフリカで犠牲者を出すとなったら、日本の世論は黙っていないだろう。戦後70年にわたって人殺しをすることなく専守防衛に徹してきた自衛隊が、出ていく必要のない海外で殺し殺される現実が否応なく国民の前で明らかになり、人々は安全保障法の本質を「身内の問題」として理解するようになるからだ。

 私は、安倍政権はいま崖っ縁に立たされていると思う。トランプ次期大統領の登場にともなうTPP挫折、黒田日銀金融政策の破綻、南スーダン駆けつけ警護にともなう犠牲者発生の可能性という「3大危機」が今後、安倍政権を容赦なく襲うことはまず間違いない。そのとき国民は、これまでと同様に安倍内閣を支持し続けるのか、それともアメリカ大統領選と同じく「自公維体制=既成政治体制」を劇的に拒否するのか、「誰もが予想しなかった」事態が起こる可能性を私は信じたい。(つづく)