日本政治の劣化と退廃を象徴する出来事(事件)だった、小池都知事の希望の党代表辞任が物語るもの、立憲民主を軸とした新野党共闘は成立するか(5)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その92)

 小池東京都知事希望の党代表を突如辞任した翌日、一連の「小池騒動」を報じた11月15日の各紙朝刊には、「投げ出し」「丸投げ」「風頼み」「身勝手」「無責任」「不信」「分裂」「瓦解」など、最大級の侮蔑を意味する言葉が紙面に躍った。小池氏が臨時記者会見を開いて希望の党結成宣言と自らの代表就任を表明したのはついこの間の9月25日のこと、それから僅か50日で小池氏は代表辞任の理由を何一つ語ることなく国政の舞台から突然消えた(身を隠したのである)。

 一方の主役(あるいは脇役)だった前原民進党前代表もそれ以降、ぱったりと姿を見せなくなった。地元の京都ではいまや居酒屋でしか話題にならないような存在となり、「馬鹿な奴!」との巷の声も最近はだんだん聞かれなくなってきている。前原氏はもはや京都市民にとっては「過去の人」となり、誰も関心を持たなくなった。唯一張り切っているのは、希望の党共同代表選に手を挙げ、国対委員長に就任した泉氏ぐらいのものだ。もっともこちらの方は、この前の衆院補選で「野党統一候補」と勝手に思い込み、泉氏に投票した革新系有権者の方が臍(ほぞ)をかんでいる。でも今さら悔やんでも遅い。

 余談はさておき、小池氏の電撃辞任から数日経った現在、朝日新聞などでは「小池騒動=民進分裂劇」の検証が始まっている。目下連載中なので結論がどう落ち着くかは分からないが、少なくとも出だし部分はこれまでの予想とそれほど違わない。要するに、全ては前原氏が民進党代表に選出された9月1日から始まり、小池新党立ち上げの匂いを嗅ぎ取った前原氏が「民進党解体シナリオ」を描いたときから事態は動き始めたのである。

 「民進党を解党したい。民進衆院議員は希望の党に公認申請させます」(前原)、「それでいきましょう」(小池)...。朝日新聞19日朝刊の紙面に掲載されたドキュメント記事は余りに生々しい。9月26日深夜、帝国ホテルで持たれた密室会談では、前原民進党代表と小池都知事が神津連合会長(立会人)らの前で密約をかわした。それも、前原氏が民進の100億円超の政治資金(国民の税金である政党助成金)と党職員を提供し、連合は総選挙で「ヒトもカネ」も出すという好条件付きだ。

 おそらくこの時点では、前原氏は人気のない民進に「小池新党」というヴェールをかぶせて党勢を拡大し、実質的には「前原一派=民進右派=連合支持勢力」が党運営を仕切りことで、やがては自らが新党党首としてデビューするという「甘い夢」を描いていたのだろう。だが、こちらの方は小池氏の方が1枚も2枚も上だった。民進や連合の「ヒトとカネ」は欲しいが、リベラル系まで来てもらっては困る、彼らを排除するなら受け入れもいいという条件を出したのだ。

 前原氏はここで第2の決断に踏み切る。「リベラル系排除」という条件を曖昧にしたままで民進両議員総会に臨み、総選挙直前という引き返せない状況の中で、小池条件を口実にして「リベラル系排除」を実行に移す道を選んだのである。それが小池氏の「排除宣言」となり、公認申請時の安保法制容認・憲法改正賛成の「誓約書」提出となった。ここまでは何もかも前原・小池シナリオで事が進んでいた。

 だが、余りにも露骨な「誓約書=踏み絵」に反発した枝野氏らが立憲民主党結成に踏み切り、「排除リスト」が流出するなかで世論の流れが変わって希望の党は急速に失速した。選挙結果はもう繰り返さない。呆れるほどの自民圧勝となり、改憲勢力は自公与党だけで3分の2を超える始末。いったい日本の政治はどうなっているんだと(少数派となった)心ある有権者は嘆いている。

 私は、小池氏の希望の党代表辞任に至る一連の騒動を最近の日本政治の劣化と退廃を象徴する出来事(事件)だと考えている。第1に、それは前原氏と小池氏という政治家の「首相になりたい」という個人的野望のために引き起こされた騒動、すなわち「究極の国政私物化」のあらわれだと言うことだ。井戸塀政治家などは望むべくないにしても、国民と政党を自らの野望のためには容赦なく足蹴にしても構わないという政治リーダーが今や堂々と登場する時代になったのである。それをポピュリスト政党というかどうかは別にして、前原・小池両氏がその象徴的存在であることは間違いない。

 第2は、そんな人物をリーダーとする希望の党に1000万人近い有権者が投票したことだ。政党としての理念も理想もなく、政策も綱領も定かでない即席政党に対して1千万票近い大量投票が流れる事態など想像もつかない。だが、それが現実の投票行動としてあらわれるところに、国民の果てしない政治意識の劣化が見てとれると思うのは決してひとり私だけではあるまい。

 第3は、前原・小池両氏の策謀に踊らされた(乗った)民進党国会議員の愚かさだ。自らが所属する政党の解党提案に対してほとんど議論らしい議論もなく了承し(枝野氏らも同じ)、事態が明るみに出るにつれて右往左往する有様は、これが野党第1党の姿かと目を疑わせる。加えて、小池氏らの「誓約書」に署名して希望の党衆院議員に当選したにもかかわらず、その直後から安保法制は容認できないとか、憲法改正には反対だなどと言い出す人たちにも呆れる。要するに、当選するためにはどこの政党に乗り換えても構わないと考える「渡り鳥議員」がそこにいるだけで、そのことを実践してきた小池氏と体質は寸分も変わらないのである。

 こうした「風見鶏議員」「渡り鳥議員」が様子を見て次々と前言を翻し、民進党が分裂に次ぐ分裂を重ねているところをみると、今後の政局がどうなるかは「一寸先が闇」としか言いい様がない。枝野氏ら立憲民主党が軽々に野党再編に組みしない、野党共闘に乗らないと言っているのは、民進党が犯した過ちの大きさを痛感しているからではないか。いずれにしても、これからの日本の政治は当分闇夜の中を歩き続けしかないと私は絶望している。(つづく)