「核の傘」追随路線からでは見えない米朝首脳会談の意義、それでも安倍外交は方針転換を迫られる、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その117)

 私は外交問題についてはあまり詳しくないので、今回の米朝首脳会談の評価について的確な見解を述べることはできない。とはいえ、日本国民の1人として感想程度の素朴な意見を述べることは許されてよいと思う。外交問題の評価が一部の専門家やメディアによって独占され、国民一人ひとりの声が無視される方が国策の行方を考える上で却って危険だと思うからだ。

 この点でまず疑問に思うのは、米朝首脳会談の関心が核兵器の「完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄(CVID)」一本やりに絞られ、それが達成されなければ、首脳会談の意味もなければ成果もないかのような世論が事前につくられた(誘導された)ことだ。アメリカが「核兵器禁止条約」(2017年7月7日)の締結国であれば、その主張はまだしも正当性を持ちうるかもしれないが、世界122か国・地域による圧倒的な賛成を無視して核兵器禁止条約の反対に回ったアメリカがどうして一方的に北朝鮮にCVIDを迫ることが出来るのか、まったく理解できない。まして、世界唯一の被爆国である日本が、アメリカの「核の傘」にあることを理由にアメリカに追随して核兵器禁止条約反対に回ったことは、「世紀の愚行」として世界中から笑いものになった。そんな日本が北朝鮮にCVIDの要求を突きつけることなど、国際的にも理解が得られるはずがない。

 自分は核兵器保有する権利がある、しかしお前は核兵器保有してはならない―、こんな言い分は、世界各国が平等な立場にある国際関係の本旨に反するばかりか、特定の核大国に対して世界を支配する特権的地位を与える論理にも通じる。しかも、アメリカの保護下にあるイスラエルなどは核兵器を多数保有しているにもかかわらず、これまでアメリカはイスラエルに対して一度も核兵器廃棄を勧告したことがない。それでいながら、北朝鮮には一方的にCVIDを突き付けるという態度は自己撞着そのものであり、正当性をもった主張とはとうてい言い難い。強いて言えば、それは核大国による「核独占戦略」の一環であって、核大国と同盟関係にある国に対しては「核の傘」で保護するが、それ以外の国に対しては核を封じることで軍事的優位を保とうとする(核大国による)安全保障政策にほかならない。

次に、核兵器が人類の生存を脅かす非人道的兵器であるとはいえ、それは戦争目的を達成しようとする「手段」であることには変わりないことを認識する必要がある。戦争を抑止するためには戦争そのものを無くすことが根本であって、特定の国の非核化を推進することは(重要ではあるが)一つのアプローチにすぎない。戦争抑止、戦争根絶という肝心の目標を見失って「非核化」だけを主張することは、結局、核大国による核独占戦略を擁護し、それに追随する結果しかもたらさない。

 今回の米朝首脳会談に関して云えば、アメリカのトランプ大統領北朝鮮金正恩委員長が「新たな米朝関係や朝鮮半島における永続的で安定した平和体制を構築するため、包括的で深く誠実に意見交換を行った」こと自体が歴史的な成果なのであって、両者が「1.アメリカと北朝鮮は両国の国民の平和と繁栄の願いに基づいて、新しい関係を樹立するため取り組んでいくことを約束する」「2.アメリカと北朝鮮は、朝鮮半島において永続的で安定した平和な体制を構築するために努力する」「3.2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り込むことを約束する」と共同声明で確認したことは高く評価されなければならない。

 この事態を歴史家である保阪正康の言葉を借りて言えば、20世紀の積み残しの課題である朝鮮戦争終結宣言には至らなかったとはいえ、両国の平和協定への動きは、「平和協定は北朝鮮の非核化、米国による体制保証の前提でもあり、この方向が確認されたこと自体、朝鮮戦争は休戦から終戦の段階に入り、いわば両国間の戦争状態は終わったとの言い方もできる」(毎日新聞2018年6月16日)との観点が重要だ。東西冷戦時代の残滓を一掃し、朝鮮半島の平和と安全を保障することは、アジア諸国間の緊張関係を解きほぐし、軍事費を抑制して国土の平和利用を推進する一大転換点になる可能性を秘めているからだ。共同声明最後の「トランプ大統領金正恩委員長は、新たな米朝関係の発展と朝鮮半島と世界の平和や繁栄安全のために協力していくことを約束する」との一節は、朝鮮戦争終結への展望を示したものとして注目される所以である。

 加えて、米朝首脳会談安倍外交の方針転換を否応なしに迫ることになった点も注目される。北朝鮮がCVIDを実行するまで最大限の圧力をかけ続けることを国是としてきた安倍政権は、ここに来て進退窮まる状況に追い込まれたからだ。対米追随外交がトランプ大統領による急速な方針転換に付いていけず、これまでの強硬一点張りの圧力路線を変更せざるを得なくなったのである。安倍首相は日朝首脳会談の実現に向かって舵を切ったというが、拉致問題の解決一つを取って見ても数々の条件が満たされなければ「会談しない」との態度は崩していない。また、首脳会談が実現しても「騙されない」と広言する始末だ。つまり、朝鮮半島の平和実現のために日本がどのような役割を果たすかという外交戦略がなく、相手が条件を飲めば「会談してもよい」というのが基本姿勢なのだ。これではまとまる話もまとまらない。

 安倍政権の苦境を察してか、読売・産経両紙は早速援護射撃に乗り出している。米朝首脳会談の翌日6月13日の読売社説は、「『和平』ムード先行を警戒したい」「合意は具体性に欠ける」「圧力の維持が必要だ」などと相変わらずの強硬路線を主張し、それでいて「日朝会談への環境整備を」などと虫のいいことを並べている。方針転換しなければおよそ日朝会談の実現など不可能だというのに、それでいて論調を変えることができないのだから「もはや救いがたい」と言うべきだろう。

 産経の6月13日主張(社説)に至っては、「金委員長に最低限約束させるべきは、北朝鮮が持つ核兵器などすべての大量破壊兵器弾道ミサイルについて『完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄(CVID)』であるのに、できなかった」「北朝鮮から核・弾道ミサイルなどの脅威を取り除くうえで具体的にどのような状態を目指すか。その『目標』と時間的目安も含む『道筋』について、はっきり決められなかった」と会談の成果を全否定し、「金委員長から内実を伴う核放棄を引き出せなかった交渉に、限界を指摘せざるを得ない」と主張している。おまけに、「理解できないのは、経済制裁と並んで効果的に働いてきた軍事的圧力をここへきて弱めようとしている点だ。米朝間で対話が継続している間は、米韓合同軍事演習は『挑発的』だとして、やらない意向を示したのは誤った判断だ」とまで言うのだから、産経が「防衛省の広報紙」だといわれるのも不思議ではない。

 安倍政権は、アメリカ頼みの追随外交に終始してきた結果、北朝鮮問題に関しては常に「蚊帳の外」に置かれてきた。しかし、このままでは外交の主導権は取れず、お金だけを支払うことにもなりかねない。「蚊帳の外」にいながらせっせとお金だけを運ぶ役割を仰せつかるとは如何にも情けない。安倍政権にかわって自主独立外交を推進できる政権の登場が待たれる所以だ。(つづく)