番外編、神戸市職労幹部は即刻総辞職すべきだ、腐敗幹部を一掃しない限り労働組合に未来はない、身辺雑話(6)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その129)

 このところ、神戸市の市役所一家体制の土台となってきた市職労幹部のヤミ専従問題が次々と暴露され、果てしない泥沼状態に陥っている。9月末には、地方公務員法で認められている組合専従期間の上限7年を超えて専従を市から許可されていた役員が過去に10人(市職労6人、市従労4人)もいたことが明らかになった。うち最長期間専従者は20年、退職金も7年間を除いて減額されずに支給されたというのだから、まさに「労働貴族」ばりの特権待遇ではないか(神戸新聞2018年9月27日)。

神戸市における労使慣行の問題は「労使協調の弊害」といったレベルをはるかに超え、もはや「労使癒着による腐敗」の域に達していると言える。その中心人物と目されるのが 2000年11月(笹山市政第3期)から2017年3月(矢田市政3期+久元市政1期)まで17年間近くにわたって市職労委員長を務めた大森光則氏である。大森氏は、委員長就任前の本部役員や書記長などの時期を加えると上記の最長期間専従者に該当する可能性が大きく、市職労の中では「泣く子も黙るボス」だったという。

大森氏は退任後も市職労顧問となって事実上の院政を敷き(現委員長はパシリ的存在だと言われている)、かつ新設された共助組合(市職員互助組織)調査役に就任した。共助組合(事務局厚生課)は、大森氏の就任に伴い市役所3号館5階の事務局とは別に同館9階に市から無償で借りる形で前例のない調査役の個室まで設ける始末。共助組合はこの個室問題が明るみに出た時点で、「業務内容からみて個室の必要が認められない」として使用取りやめを決定したが、市幹部の一人は「個室は市職労顧問への便宜供与の色合いが強い。使用取りやめにヤミ専従問題が影響しているのは間違いない」とみている(神戸新聞2018年10月11日)。

私が今回のヤミ専従問題の中心人物として大森氏を挙げる理由は、以下の通りである。第1に、大森氏は1989年市長選における笹山陣営の選対として活躍し、阪神・淡路大震災後の1997年市長選では、笹山市長3選のために20数万人の直接請求署名を集めた神戸空港建設反対の市民運動に対して公然と敵対した当局側の人間なのである。以来、大森氏は笹山市政を支える「影の側近」の1員となり、市幹部からは一目も二目も置かれる存在になった。大森氏は次のように言う(神戸市職員労働組合執行委員長、大森光則、『神戸市都市経営は間違っていたのか』、神戸新聞総合出版センター、66〜67頁、2001年)。
「1997年の秋に震災後はじめての市長選挙が行われた。この選挙では、神戸の復興と被災者の公的支援をどのように実現するかということが大きな争点となった。(略)この市長選挙で市職労は笹山市長の推薦を決定し、その当選に向けて全力を挙げて戦った。この市職労のとった態度について、少なくない市民や運動団体から批判をいただいた。また、職員の中からも市職労が笹山市長を推薦したことについて『職員と市民に背を向ける』という批判が行われた。そして市長選が激しくなるのにつれて、多くの組合員から『市職労の団結』を願う声が寄せられるようになり、市職労として一人ひとり組合員の声や感情を大切にし、何よりも『1万組合員の団結』を守っていくことを改めて機関紙で明らかにしてきたところであった」

これまで自治労働組合の行動原則は、「市民の幸せなくして公務労働者の幸せはない」というものだった。だが、ここではそれがいつの間にか「市民の幸せよりも組合員の声が大切、組合の団結が大切」にすり替わっている。つまり、市民の要求や幸せを第一義に考えるのではなく、組合員の利益を守ることが大切なのであり、そのためには市長の手足となり「団結」することが市職労の使命だというのである。まさに市役所一家体制を支える市職労の面目躍如と言うところだろう。

ところが、組合員の声を聞き、組合の団結を大切にすることが神戸市職労の原則であるかというと、必ずしもそうでないところが曲者なのである。震災後、インフラ偏重の復興計画によって未曽有の財政危機に直面した矢田市政は、新たに職員3000人の大リストラに乗りだした。それまでの人員削減と合わせると、なんと職員7000人(全体の3分の1)の大リストラを断行する計画だ。そして、その時の掛け替えのないパートナーに起用されたのが大森氏ら市職労幹部だったのである。矢田市長は、退職後に上梓した自叙伝の中で次のように語っている(矢田立郎、『道を切り拓く』、神戸新聞総合出版センター、54頁、2015年)。
「労使交渉であるが、市職(神戸市職員労働組合)、市従(神戸従業員労働組合)両組合と支部をベースにして諸課題に議論を交わし、政策面においても先の数年等を見据えた業務のあり方を意見交換し、あるべき方向に収斂することができた。神戸市政の進むべき方向で不一致を見ることなく、大局を見据えた解決策を探って合意していく道筋をお互いにつけ得たことは成果と言える。この間、現・市職委員長で当時、支部役員から本部役員になった大森光則氏、また市職民生支部長であった大西清氏の組織を束ねる妙とその手腕から、お互いの人間と人間の信頼関係が築かれた。のちに私の市長在任時、大胆な行財政改革を断行しなければならなかったが、阪神・淡路大震災後の市政を揺るがせてはならないとして、市労連(神戸市労働組合連合会)の中核として支えてもらえた」

ここでの大森氏の役割は、当局の大リストラ計画を執行する「労務役員」のそれであり、組合員の声や要求に基づいて当局と交渉する「労働組合役員」の立場ではない。大森氏は、市当局と市民が対立する時は「組合の団結」を掲げて組合員を当局側に引き寄せ、当局と組合員が対立する時は「大局を見据えた解決策」を掲げて組合員を切って当局に協力してきたのである。だからこそ、大森氏は市長との人間的信頼関係の下でヤミ専従を当然のこととし、当局はそれを容認して市職労幹部を思うがままに利用することができたのだといえよう。

だが、権力に奉仕する連中が権力から棄てられる時がいずれはやってくる。神戸市の場合で言えば、矢田市政のもとでの行財政改革が終わり、久元市政のもとで新たな一歩を踏み出さなければならない現在がそうであろう。この段階になると、大森氏のような存在は利用価値がなくなり、却って足手まといになる。これまでの労使癒着関係を引きずった市長では腐敗幹部を切ることは難しいが、天下り人事で呼んできた国の官僚市長の場合は必ずしも不可能ではない。久元市政第2期目ではじまったヤミ専従問題の摘発は、大森氏など腐敗幹部の一掃なしには終わらないだろう。

市職労幹部は即刻総辞職しなければならない。そうしなければ、久守市長によって腐敗幹部が一掃されても組合は立ちあがれないだろう。腐敗幹部に操られてきたことの総括もできないような市職労には未来がないし、新執行部の選出も困難だからである。市職労の再生がなければ、当局の専制体制が強化されるだけだ。本来の労使関係を取り戻すことこそが神戸市の再生につながるし、市職員の意識改革の切っ掛けになる。いまこそ、神戸市職員は目覚める時なのである。(つづく)