政党は社会とのキャッチボールの中でこそ育てられる、党内外の多様な交流を妨げる「民主集中制」はその障害物でしかない、第29回党大会では「開かれた党規約」への改定が求められる、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その7)、岸田内閣と野党共闘(72)

 「革命政党」を標榜する共産党が、社会の〝前衛〟として大衆を導き、階級闘争を指導する時代はいまや遠くに去ったのではないか。大衆社会が〝市民社会〟へと発展し、国民一人ひとりの自発的意思に基づく世論が形成され、無党派層が政党支持層全体の半数に近い最上位を占める今日、政治情勢が極めて流動化しかつ多様化していることは周知の事実だ。このような情勢の下では、かってのような「自共対決」方針のもとに革新勢力を結集し、民主連合政府を樹立しようとする政権構想はもはや期待すべくもない。時代の流れに相応した新たな政権構想が求められる所以である。

 

 この間、共産党が従来方針から一転して「市民と野党共闘」路線に転換したのは、一つには長期にわたる党勢後退の下では「自力」による政権構想の実現が不可能になったからであり、もう一つは市民社会の成熟にともなう「市民と野党共闘」路線に新たな可能性を感じ取ったからであろう。ただ問題なのは、共産党には路線転換にともなう党内改革への認識が乏しく、それに必要な措置が何らとられなかったことだ。本来なら、これほどの大きな路線転換は党綱領や規約の改定を必要とする戦略的転換である以上、「臨時党大会」を開催するなどの措置がとられなければならなかった。しかし、そこまでの認識がなかったのか、それともその必要性を認めなかったのか、それ以降の政治方針は従来の延長線上で進められてきた。そこには、長期にわたる「自力衰退=党勢後退」についての踏み込んだ総括もなければ、変幻極まる野党共闘についての戦術的分析もなかったのである。

 

 要するに、共産党は「自共対決」路線から「市民と野党共闘」路線に舵を切ったものの、それに対応する党組織や党運営は旧来のままだったために新たな事態に対応できず、新しい路線を持続的に展開することができなかった。そうこうするうちに事態に対応できない党指導部への不信感が高まり、それが現役党員2人による「党首公選制」の提起となって表面化した。いわば、「新しい政治情勢」の下で「新しい党運営」が求められていたにもかかわらず、それが党指導部の共通認識とならなかったところに「ほころび」が生じたのである。加えて、それへの対応が当該党員の〝除名〟という最悪の形になったことで、事態はさらに紛糾することになった。

 

 「党首公選制」を主張した現役党員に対する反論は、当初、赤旗編集局次長の見解(2023年1月21日)として公表され、当該党員の言動は(1)「党の内部問題は党内で解決する」という党の規約を踏み破るもの、(2)党内に「派閥・分派はつくらない」との原則と相いれないとされ、後に志位委員長が追認する形を取った。しかしその後、メディア各紙から〝除名〟は共産党の閉鎖的体質をあらわすものとして批判され、それが「民主集中制」という組織原則そのものの権威主義的非合理性を指摘するに及んで激しい論争に発展した。

 

 朝日社説(2月8日)は「共産党員の除名、国民遠ざける異論封じ」、毎日社説(2月10日)は「共産の党員除名、時代にそぐわぬ異論封じ」との見出しで次のように論じた。

――党勢回復に向け、党首公選を訴えた党員を、なぜ除名しなければならないのか。異論を排除するつもりはなく、党への「攻撃」が許されないのだというが、納得する人がどれほどいよう。かねて指摘される党の閉鎖性を一層印象づけ、幅広い国民からの支持を遠ざけるだけだ(朝日社説)。

――組織の論理にこだわるあまり、異論を封じる閉鎖的な体質を印象付けてしまったのではないか。共産党が党首公選制の導入を訴えたジャーナリストで党員の松竹伸幸氏を除名とした。最も重い処分である。今回の振る舞いによって、旧態依然との受け止めがかえって広がった感は否めない。自由な議論ができる開かれた党に変わることができなければ、幅広い国民からの支持は得られまい(毎日社説)。

 

両紙は、党首公選制は「決定されたことを党員みんなで一致して実行する」「党内に派閥・分派はつくらない」という〝民主集中制〟の組織原則に反するという党規約の特異性についても言及している。

――共産党は、党首選は「党内に派閥・分派はつくらない」という民主集中制の組織原則と相いれないという立場だ。激しい路線論争が繰り広げられていた時代ならともかく、現時点において、他の公党が普通に行っている党首選を行うと、組織の一体性が損なわれるというのなら、かえって党の特異性を示すことにならないか(朝日社説)。

――共産は党首公選制について、決定されたことを党員みんなで一致して実行するという内部規律「民主集中制」と相いれないと説明する。機関紙「赤旗」は、複数の候補者による多数派工作が派閥や分派の活動につながると指摘した。この独自の原理には、戦前に政府から弾圧され、戦後間もない頃には党内で激しい路線闘争が繰り広げられた歴史的背景がある。だが、主要政党のうち党首公選制をとっていないのは今や、共産だけだ。松竹氏の提案は、「異論を許さない怖い政党」とのイメージを拭い去る狙いがあるという。「公然と党攻撃をおこなっている」との理由で退けて済むは問題ではないはずだ(毎日社説)。

 

 これに対する共産党の反論は、それ以降「赤旗キャンペーン」として事あるごとに打ち出され、最近では「語ろう共産党Q&A」シリーズの中でも精力的に展開されている(赤旗10月20日、要約)。

 ――「異論許さぬ閉鎖的な体質」ってホント? 共産党こそ開かれた民主的運営を貫いています。「異論を許さない」というのは事実と違います。異論があったら、党内で自由に意見を述べる権利は、すべての党員に保障されています。除名された元党員は、異論を持ったから除名されたのではありません。異論を正規のルールにしたがって党内で表明することを一度もせずに、いきなり出版という形で、党の規約や綱領に対する事実に反する批判―攻撃をしてきたために処分されたのです。

 ――志位さんの在任期間が長すぎる? 意図的に持ち込まれた議論、党全体ではね返します。他の野党に比べれば、志位委員長の在任期間が長いのは事実です。しかし、「長い」ことのどこが問題だというのでしょうか。批判する人たちは「選挙で後退した」「党勢が後退した」といいますが、日本共産党は民主的討論を通じて方針を決め、全党で実践しますから、「志位さんだけのせい」ではありません。つまりこの攻撃は日本共産党そのものに対する攻撃というべきです。

 ――なぜ、共産党はこんなにバッシングされるの? 一言でいえば、日本共産党が日本の政治を「大本から変える」ことを大方針に掲げている革命政党だからです。古い政治にしがみつく勢力にとっては、もっとも恐ろしく手ごわい相手だからこそ、激しいバッシングが起きるのです。党が躍進するたび、支配勢力は謀略的反共宣伝や右翼的政界再編で阻もうとしました。それとのたたかいで、党は鍛えられてきましたし、いまもその途上です。

 

 しかし、共産党の「異論許さぬ閉鎖的な体質」の根源となっている〝民主集中制〟という組織原則については、共産党自身がこれまでも党規約の改定という形で「表現」を変えるなど一定の努力をしてきたことに注目しなければならない。それが、不破委員長の下で行われた第22回党大会(2000年11月)の「党規約改定案についての中央委員会の報告」である。不破委員長は、第1に党の性格規定を(マルクス、エンゲルスもこの言葉を一度も使ったことがないとして)「日本の労働者階級の前衛政党」を削除して「労働者階級の党であると同時に日本国民の党」に改訂し、第2に、組織原則である「民主集中制」については、「党の決定は無条件に実行しなければならない。個人は組織に、少数は多数に、下級は上級に、全国の党組織は党大会と中央委員会にしたがわなければならない」との条項を削除して、その基本的内容を「(1)党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める。(2)決定されたことは、みんなで実行にあたる。行動の統一は、国民に対する公党としての責任である。(3)すべての指導機関は、選挙によってつくられる。(4)党内に派閥・分派はつくらない。(5)意見がちがうことによって、組織的な排除をおこなってはならない」との5つの柱に集約した。

 

 改定の理由は、(1)従来の「日本共産党は労働者階級の前衛政党である」との規定が、農民や中小自営業者、知識人などから「自分たちとは関係のない政党」だとみなされるため「日本国民の党」を併記する、(2)「前衛」という言葉は、党と国民との関係あるいは党とその他の団体との関係を「指導するもの」と「指導されるもの」との関係だと誤解される恐れがあるので削除する――というものである。不破委員長はその背景と意図を「日本共産党と日本社会の関係が大きく変わったことに対応したもの」であり、「日本社会の全体との対話と交流を広げる」「民主主義、独立、平和、国民生活の向上、そして日本の進歩的未来のために努力しようとするすべての人びとに党の門戸を現実に開く」「21世紀の早い時期に民主連合政府をつくるという大事業を担いうる、大きな、民主的な活力に満ちた党をきずき上げる力になる」と説明している。

 

私は改訂理由のなかでも、とりわけ「日本共産党と日本社会の関係が大きく変わったことに対応したもの」「日本社会の全体との対話と交流を広げる」という一節に注目する。このフレーズには2つの意味がある。第1は、これまで「少数政党」であった共産党が、1960~70年代の革新勢力の躍進にともなって国政に一定の影響を与える政治勢力に成長した結果、そこから新たな発展を目指すためには広く国民に受け入れられるように「党の性格」を変えなければならないとする側面である。第2は、ソ連・東欧の共産党政権の崩壊や中国共産党の天安門事件の武力弾圧などによる影響で激減した党勢を立て直すため、ソ連・中国共産党との同一名称を避け、差別化を図ろうとする側面である。このことは、党の存亡に関わる事態に直面したときは、共産党が党組織の原則である〝民主集中制〟を大胆に変えることを示している。ならば、志位委員長の就任以来、長くに亘って続いてきた構造的な党勢後退がもはや限界(存亡の危機)に達している現在、〝民主集中制〟に代わる開かれた組織原則が設けられても何ら不思議ではない。

 

 今回の党員除名問題で私がもっとも不思議に思うのは、党規約にも書かれていない「党首公選制」の提起が、なぜ「党内に派閥・分派をつくらない」という党規約に違反するのかということだ。「党首公選制」を導入すれば複数候補が並立することになり、それが「派閥・分派」の結成につながる――といった理屈は、党員や支持者はもとより一般国民が聞けば一笑に付される程度の屁理屈でしかない。複数の候補者間で党組織や党運営、政策などについて議論が交わされ、それが党外にも広がれば、むしろ共産党への理解が深まり「日本社会全体との対話と交流を広げる」ことになるからである。

 

志位委員長は、第22回党大会(2000年11月)の不破委員長の「党規約改定」に臨んだ姿勢に学び、第29回党大会(2024年1月)においては〝民主集中制〟そのものの廃棄に踏み切り、党内外の対話と交流を促進する「開かれた党規約=組織原則」を制定すべきではないか。そうでなければ、ただ党委員長ポストにしがみ付くために「党首公選制」に反対するだけの〝末期的リーダー〟の烙印を押されるだけだ。(つづく)