枝野氏が立憲民主党代表選で〝保守中道路線〟を表明、野党共闘は存続の危機に直面している、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その34)、岸田内閣と野党共闘(99)

 岸田首相の退陣表明以来、自民党では総裁選への出馬表明が相次ぎ、選挙運動が加熱している。テレビ番組でもそれらの動向が連日伝えられ、候補者各自の主張や裏金問題への対応、イデオロギーや政策を二の次にした選挙報道一色という有様だ。そこには候補者が多ければ多いほど選挙運動は活況を示し、それが自民党のイメージ刷新につながるとの政治戦略が透けて見える。次期衆院選に向けての自民党の巧妙な広報戦略が、まさに図にあたったかのように事態が展開している。

 

 その一方、名乗りを上げた候補者に対する鋭い論評も出てくるようになった。その嚆矢が、毎日新聞論説委員・佐藤千矢子氏の「コバホーク会見に思う」(8月23日、夕刊特集ワイド)だ。とりわけ、出だしの一節が効いている。今後、後続候補がぞろぞろ出てくるであろうが、引き続き歯に衣を着せない鋭い論評を期待したい。以下は、その要旨である。

 ――肝心なのは政治を「刷新」することではなく、あくまでも「刷新感」を演出することなのか。自民党総裁選への立候補を一番乗りで表明した「コバホーク」「コバタカ」こと、小林鷹之・前経済安全保障担当相(49)の記者会見に出席し、そのことを再認識させられた。身長186センチの長身でさわやか。元財務官僚で優秀であり、腰が低くて嫌味がない。だが、出馬の会見にはちょっとがっかりした。まず「政治とカネ」の問題だ。

 ――「(事件の)自民党の調査は一定の限界がある」「政治資金規正法の改正を着実に遵守する。検討事項には直ちに着手する」「森喜朗元首相のことはコメントを控える」「岸田文雄首相は総裁選不出馬で政治的な責任を果たした」「二階俊博元幹事長は、次期衆院選に出馬しない決断は、政治家としての責任の取り方」...あまりに後ろ向きで驚いた。

 

 自民党総裁選が活況を呈するなかで立憲民主党は候補者が出揃わず、このままでは自民党の陰に隠れて埋没する危険性が高まっている。そんな折しも折、立憲民主党前代表の枝野幸男氏が8月21日、泉氏や野田氏に先駆けて代表選に向けて名乗りを上げた。代表選の最大の争点は、次期衆院選に向けた野党共闘のあり方だ。朝日新聞(8月22日)は、枝野氏の出馬会見について次のように解説している(抜粋)。

 ――枝野氏は会見で「政党間連携のあり方を再構築する。全国一律に(調整)することは困難であり、またやるべきではない」と指摘。党本部主導での候補者調整はせず、選挙区ごとに地元での調整に限定する考えを示した。さらに「自民を支持してきた人たちまでを包摂する」とも語り、党派のカラーを消し、無党派層や保守層の取り込みにも色気を見せた。自らが陣頭に立った21年衆院選では、共産党との「限定的な閣外からの協力」の合意が批判を招き、議席を減らした。その後も共産との関係で、国民民主党や連合から見直しを迫られ、立憲は板挟みの状態が続く。誰が代表になっても問われる課題だ。

 

 日本経済新聞(8月23日)もまた「共闘相手 共産か維新か」「連合、国民民主との協調促す」との見出しで、その複雑な構図を以下のように分析している(立民代表選の論点、要旨)。

 ――代表選後の立民が維新や国民民主、共産党とどんな連携戦略をとるかは、迫る衆院解散・総選挙の構図を左右する。連合は立民の共産党への接近に強い不快感を示し、国民民主との協調を促す。維新には野田佳彦元首相の登板に期待がある。馬場伸幸代表は「波長が合う」と評価し、23日に野田氏を講師とする勉強会も開く。野田氏が立民代表になれば維新との協調が進むとの分析がある。

 ――枝野幸男前代表の立ち位置も複雑だ。2021年に共産党と「限定的な閣外からの協力」で合意した当時の代表を務めた。野党候補の一本化を進めた21年衆院選で議席を減らし、代表を辞任した。枝野氏は「同じ轍は踏まない」と強調しているものの、地域の事情に応じて他党と連携する考えを示す。都市部などで共産党との選挙協力を事実上認める余地があるとの見方がある。立民が他の野党と小選挙区で争えば、政権批判票が分散して自民党を利する。

 ――連合の芳野会長は22日の記者会見で、立憲民主党の代表選を巡り「築き上げてきた信頼関係を継続できる候補に代表に就いてほしい」と語った。泉健太代表の再選に期待をにじませたとみられる。泉氏と国民民主党の玉木雄一郎代表との信頼関係を築いてきたと言及し、「そこを大切にしたい」とも述べた。

 

 枝野氏の記者会見を巡っては、朝日と日経の分析軸はかなり異なる。朝日は枝野氏が「保守中道路線」に舵を切ったとの見方だが、日経はまだそこまでは踏み込まず、地域の事情に応じて「野党共闘路線」が存続するとの考えだ。選挙が近づくといろんなバリエーションが出てくることは勿論だが、重要なのは基本路線であってバリエーションのあれこれではない。枝野氏の発言は、立憲民主党が「野党共闘路線」に終止符を打ち、「保守中道路線」に舵を切ったことを意味するものであって、このため枝野氏は23日朝、わざわざ連合本部に出向いて芳野会長と会談している。会談後の記者会見では、「国民民主とは小異を超えて大同につくことができないか、不断の努力を重ねたい」と述べ、国民民主との前向きな姿勢を強調。芳野氏にも伝えて理解を求めたという(朝日新聞8月24日)。

 

 この路線は、かねがね連合が画策してきた立憲民主党の「第二保守党化」に同調するものであり、これで枝野氏と野田・泉両氏との間の政治路線の違いは基本的になくなったと考えてよい。枝野氏は、自民党に対決して政治の刷新を目指すのではなく、「よりましな保守政党」の実現によって「政権交代」を目指す方向に戦略転換したのであり、また野田氏や泉氏がこれに輪をかけた「右寄り路線」であることは言うまでもない。野田氏は23日、国会内で維新の勉強会に講師として出席し、次期衆院選に向けた野党候補者の一本化を強調し、維新幹部もこれに応じたと言う(朝日新聞、同上)。

 

 こうなると、立憲民主党の基本路線は「新しい自民党」「生まれ変わる自民党」を掲げて党首選を争う自民党総裁選との区別があまり付かなくなる。自民・立憲両党の党首選は「政治刷新=新しい保守政党の実現」のイニシアティブを巡る争いとなり、マスメディアの大宣伝にも助けられて今後の国民世論の動向に多大な影響を及ぼすことが予想される。この動きはまた、戦時中の近衛内閣による「大政翼賛会」キャンペーンに匹敵するほどの勢いで広がり、戦後日本の政治体制の基盤となった「55年体制」を根底から変貌させる一大契機になるかもしれない。

 

 一方、野党共闘路線に政治生命を懸けてきた共産党は「カヤの外」どころか「ハシゴを外された」状態になり、この先の政治戦略が描けなくなっている。8月22日の赤旗に掲載された小池書記局長の「全党への訴え――8月、9月の政治的構えと活動について」は、もっぱら自民党を中心に政治動向を分析しており、枝野氏らを中心とした立憲民主党の動きはまったく視野に入っていない(抜粋)。

 ――全党のみなさん。昨日の常任幹部会で現時点の判断としては、自民党総裁選後早ければ10月にも解散・総選挙が行われる可能性が生まれている――ことを確認しました。いま自民党の総裁選報道が盛んにおこなわれていますが、岸田政権のもとでの裏金問題、経済無策、外交不在の大軍拡、改憲策動などは、どれもこれも最悪のものばかりです。この情勢に対して、党がどういう政治姿勢で立ち向かうかが問われています。わが党が自民党の総裁選や解散の「様子見」になったり受け身で対応していたら、新しい政治への希望をひらく国民への責任を果たすことはできません。自民党政治の転換への道筋と展望を示しているのは、日本共産党をおいてほかにありません。この姿を国民のなかに広く攻勢的に訴える活動に打って出ながら、それと一体に幹部会報告の方針――党勢拡大をやり上げていく。こういう攻勢的姿勢で奮闘することが何よりも重要です。

 

 おそらく小池書記局長は(この時点では)こう言うしかなかったのであろうが、枝野氏の記者会見によって立憲民主党の「保守中道路線」への転換が明らかになり、「野党共闘路線」が存続の危機に直面しているいま、事態は赤旗読者を少しばかり拡大するだけでは到底対応しきれない局面に突入しており、これまでの選挙態勢のままでは次期衆院選は戦えなくなったと言わなければならないだろう。言い換えれば、枝野路線に対する総括もないままになし崩し的に選挙協力を行うようなことがあれば、有権者には「場当たり政党」と見なされるだろうし、野党共闘路線を断念して独自路線を歩むのであれば、それ相応の覚悟が要るということである。いずれにしても党指導部に定年制もなく、党首公選制も実施しないような閉鎖的・権威主義的体質を払拭できなければ、共産党は国民の目には「小さな斧を振り上げたカマキリ」としか映らなくなり、長期にわたる党勢後退が加速していくことは避けられないだろう。(つづく)