『橋下「大阪改革」の正体』(講談社)をベストセラーに、(閑話休題、その3)

 橋下大阪府知事が就任してから間もなく1年目を迎える。最近の新聞・テレビなどの世論調査では支持率が軒並み70%前後、なかには80%を超えるものもあるという。まさか「テレビ芸人」と「知事」の見分けがつかないからではないだろうが、やっていることは府民生活を痛めつけるものばかりなのに、どうしてこれだけの高支持率になるのか、私には皆目見当がつかない。

 そんな折に一ノ宮美成氏とグループ・K21の合作、『橋下「大阪改革」の正体』という本が講談社から出版された。昨年の暮にすでに出ていたというが、不覚にも先日大阪のジュンク堂で新刊本の平積みの山を見るまでは気が付かなかった。著者の一ノ宮氏を知っていることもあり、またグループ・K21の中には知り合いもいるので、即座に買ったことはいうまでもない。ちなみに価格は1600円(税別)である。

 一ノ宮氏とグループ・K21は、関西の闇の人脈や同和利権など「アングラ世界」を緻密な取材と呵責のない筆致で暴いてきた気鋭のフリージャーナリスト集団だ。私が東大阪市の同和行政を終結させるための調査委員会の一員となって報告書を書いたときも、一ノ宮氏から長時間インタビューを受けた。グループ・K21の方はメンバーの全て知っているわけでないが、その中には生活保護すれすれの経済状態にありながら、それでも不正の追及を止めようとしない頑張り屋がいる。まさに「ジャーナリストの鑑」のような集団なのだ。

 本の内容を詳しく書くと著作権違反になりかねないので(本当のところは沢山の人に本を買って読んでほしいので)、ほんのさわりだけを紹介する。本は7章の構成で、「大阪府・破産会社論の“嘘”」、「崩壊する福祉と継続する大規模開発」、「温存された乱脈同和行政の闇」、「『教育日本一』の知られざる舞台裏」、「踊るメディアと翼賛報道」、「橋下恐怖政治の実態」、「大阪府解体か再生か」が、その目次である。

 よくあることだが、電車の中の週刊誌の吊革広告のセンセーショナルなタイトルに釣られて買ってみると、わずか2〜3頁のオトリ記事でがっかりすることがある。だが、この本の目次は正真正銘の中身をあらわしているので、読者の期待を裏切ることがない。250頁余りのかなり分厚い本で、それぞれの内容が緻密な取材と分析でよく整理されているからだ。

 読者は、それぞれ自分の興味と関心のある部分から自由に読めばよい。だが、私の最も関心を引いたのは、橋下氏の言動の本質が、「『三国人発言』で知られる石原新太郎・東京都知事と同様、識者の間では『右翼ポピュリスト』(社会進歩に反動的な立場を取り、人間の劣情を煽って支持を獲得する大衆迎合主義者)と見られている」という一節だ。これは、第5章の「踊るメディアと翼賛報道」への視角とも共通する。

 テレビタレントの中には、もちろん社会正義と進歩の立場に立つ識者もいることはいる。だがそれ以上に、橋下氏と同質の「テレビ芸人」が数多く活躍しているのが現状だ。見るに堪えないような言動で視聴者の劣情を誘い、視聴率を上げるのである。そしてこのような番組を制作しているテレビ会社が、橋下氏の強力な広報宣伝を担当しているのである。

 それからもうひとつ、橋下氏が「子どもが笑う」といった過去の選挙公約は疾うにかなぐり捨てて、いよいよ「関西財界の代理人」としての赤裸々な素顔をあらわしはじめたという指摘も重要だ。府税収入の落ち込みが激しくなると、あれほど大宣伝した「大阪維新プログラム」はもはやどこへやら、橋下氏の目下の最大のテーマは「関西州の実現」であり、その州庁となる「大阪WTCへの府庁移転計画」へと変わった。これを現在の不況対策にこじつけて一挙に実現しようというのだから、その「スピード感」たるや大したものだ。

 なぜかくも橋下氏は次から次へと「大阪改革」のテーマを打ち出し、それを翼賛マスメディアと一体となって推進しようとするのか。それは『橋下「大阪改革」の正体』のカバー表紙のキャッチコピーにもあるように、政治的に手詰まりの関西財界が橋下知事を使って長年の野望である「道州制」の導入を目指しているからだ。ちなみにそのキャッチコピーとは、「テレビが育てた『怪物』と関西財界の『大阪府解体計画』」というものである。

 橋下知事には「公共というものへの憎悪感」があると自民党府議が洩らしたという(朝日)。同和地区で育ったという私体験が「世間への反感」となり、「公共への憎悪」に転化したのかもしれない。しかしその一方で財界や国家権力にはからしき卑屈になるという性格を併せ持つ。拝金主義の程度も人後には落ちない。「弱きをくじき、強きになびく」というアウトローやアングラの世界によく見られる人物像だ。こんなキャラの首長をエージェントに使うのは財界にとっても危険ではないのか。「一か八か」の勝負にかけるような首長は、長い目で見るときは財界の役にも立たないというものだ。

 橋下氏は、目下、得意満面・絶頂というところだろう。来年度からは「外部の人材」を投入して、「大統領型」のトップダウン行政を目指すのだという。大阪府の職員はそれに従うだけでよいという専制スタイルだ。「テレビ芸人」よろしく、次から次へと新しい芸を披露して人気を呼ぼうとするやり方だろう。だが、こんなやり方は長くは続かない。いったん落ち目になった芸人は惨めなものだ。大阪の歴史も文化も無視して、そのときの思いつきと思惑で政治や行政はできるものではない。大阪府庁の移転問題は遠からずして橋下知事の命取りになるだろう。

 かって関西財界は、臨海工業地帯の造成工事や高速道路の建設など大阪府大阪市を総動員して開発事業に邁進した。その結果、大阪は歴史文化も自然環境も失うという「非持続的発展地域」へと変貌してしまった。関西財界の重鎮であった大阪ガス社長がその反省の上に立って「都市の品格」の大切さを説いたのは、つい先頃のことではなかったか。その関西財界が、橋下氏のような大阪府を解体しようとする知事を利用して顧みることがない。このままでは「スクラップ」されるのは大阪府府民ではなくて、関西財界そのものであることにいずれ気づくことになるだろう。