『黒田達雄建築作品集』に想う、そして神戸、(閑話休題、その4)

 季節の分け目の「節分」が終わったせいか、このところ陽ざしの眩しさを感じる。近所の植木屋さんの苗圃からは、例年のように蝋梅のかすかな芳香が漂うようになった。それに紅白梅の小枝の蕾が日に日に膨らんでいくのを見ると、春の訪れが間近に迫っているようで嬉しい。国内外のニュースは連日暗雲に覆われているとはいえ、一歩戸外に出ると、たゆまない自然の訪れがなんとなく気持ちを励ましてくれる。

 そんな季節の気配とともに、最近、長年の友人である黒田達雄さんから『黒田達雄建築作品集』が届けられた。正確に言うと、著者割引の「(大)ディスカウント価格」でおまけをしてもらって買ったのである。黒田さんは、昨年、兵庫県建築営繕課を定年退職した異色の建築家だ。退職後、建築設計事務所を開設したのを契機に、それまでの膨大な設計作品をまとめて写真集として出版した。黒田さんの建築家としての「独立」をお祝いしたある席上で、デザイン事務所の某氏が作品集を出すべきだと強く提案したのがそのきっかけである。

 黒田さんと初めて会ったのは、確か阪神大震災後の神戸市長選挙の政策づくりの会議だったように思う。それ以前にも建築関係の会合で何回か会ったことはあるが、一緒に仕事をするようになったのはこの時からのことである。しかし「設計の世界」に疎かった私は、不覚にも黒田さんがこれほどの卓越した技量を持った建築家であることをこのときはまだ知らなかった。

 建築学科を一応卒業しながら、なぜかくも私が「デザイン音痴」であるかというと、私にはもともとデザインセンスが皆目なかったことが災いしている。今から思うと贅沢な話だが、学生時代には工学部でありながら建築学科には「絵画実習」や「彫塑実習」といった科目があって、現職の芸大教授や芸術院会員からデッサンや彫塑の指導を直接に受けていたのである。でも芸術感覚の優れたクラスメートの習作を見た瞬間、デザインの世界には「天賦の才能」というものがあって、それは努力次第でどうにかなるようなものではないことを思い知らされた。

 では、建築のもうひとつの柱である「構造の世界」はどうかというと、これはもう数学の素養がないとやっていけない。しかしもともと私は構造力学が大の苦手だから、数式を見ただけでも鳥肌が立つ。まして偏微分方程式や多変量解析などを駆使する理論計算のレベルになってくると、もう胸が苦しくなって逃げ出したくなるのである。こういったら生前の指導教授の西山先生にはきっと叱られただろうが、だからゼミは住宅問題や都市問題など社会的な研究分野を選んだのである。

 この点、黒田さんは羨ましいほどの両刀遣いだ。会議で最初に聞いた黒田さんの報告が神戸市の住宅問題の分析だったので、私はてっきり兵庫県庁で住宅政策を担当している専門家だと思っていた。ところがその後、ある学会で兵庫県の三田ニュータウンの見学会が実施されたとき、隣接する敷地にロマネスク風の風格ある建物が目について同行者に尋ねたところ、「あれは黒田さんの設計した県立祥雲館高校だよ」と呆れ顔で教えてもらった。「お前、こんな有名な学校建築を知らないのか!」とでも言いたげな口調に、自分が深く傷ついたことを昨日のことのように覚えている。

 その後、「設計のプロ」としての黒田さんの活躍は目覚ましい。デザインコンペ方式で工業高校の跡地の払い下げるというプロジェクトをめぐっては、土地の入札価格が異常に低いにもかかわらず、プランやデザインが優れているという理由で大デベロッパーに神戸市が払い下げを決定した案件、市立中央病院の建て替えの必要性がないにもかかわらず、医療産業都市構想の一環としてまたもや中央病院を移転させようとしている案件などに対して、黒田さんはプロジェクトの問題点をプラン自体の持つ内容面はもとより、設計コスト面からも説得力ある批判活動を展開してきた。これが県庁職員の現役時代からのことだから、彼が如何に実力のある建築家かを示すものだ。

 建築の世界にはファッション業界と同様に「スター建築家」の存在がある。いったんスターになると、たとえ設計作品に雨漏りがしようが、壁にクラックが走っていようが、使い勝手が悪くて管理費用がかさもうが、それが批判的に報道されることはまずない。そして深刻な顔つきの表紙の写真集がベストセラーになるのである。だが建築は「超耐久消費財」だ。まして国民や市民の税金で建てられる「公共建築」は、その社会的有用性がひときわ重視されなければならないだろう。いわば「歴史の検証」に耐えられるだけの存在であり、長年にわたってユーザーである国民・市民のニーズに応えられるだけの「持続性」を持たなければならないのが公共建築というものなのである。その意味で、黒田さんような「サステイナブルな建築家」がもっと評価されてよい。年月の経過とともに風格を増すような建築こそが黒田作品の真骨頂であるだけに、これからこそが「黒田時代の幕開け」となってほしい。

 最後にもうひとつ、前回の日記で紹介した『橋下「大阪改革」の正体』の後日談である。驚いたことに、どこから情報が入ったのか著者の一ノ宮さんが大学に直接電話をして来られた。それによると各書店ではベストファイブに入る売れ行きで、順調に部数を伸ばしているそうだ。そこで私は黒田さんをはじめ「神戸再生フォーラム」の方々に提案したい。今年の10月に迫った神戸市長選に備えるためには、政策づくりはもちろんのこと、もっと気安く市民に読んでもらえるような『神戸市政の真相』を知らせる出版活動が必要だ。もし可能なら、一ノ宮さんとグループ・K21に依頼して、この半年ぐらいで執筆をしてもらったらどうであろうか。きっと神戸でもベストセラーになること請け合いだ。