激減した日本人の北朝鮮観光、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、その7)

いま現在、北朝鮮に決定的に不足しているのは、食糧、エネルギー、外貨だといわれる。石油燃料の絶対的不足から軽油やガソリンなどの自動車燃料の使用が極度に制限され、走っているのは特権層の乗用車(ベンツなどドイツ系高級車が好まれる)、軍関係のジープや軍用トラック、そして外国人観光客のための観光バスなどに限られているのである。

外国人観光客のためになぜ希少なガソリンの割り当てが優先されるかというと、それは何よりも貴重な外貨の獲得に結び付いているからだろう。観光収入はいうまでもなく「現金商売」だ。しかも外国人観光客からは「外貨」が手に入る。諸外国からの経済封鎖や金融封鎖によって外貨調達が著しく困難になっている現在、喉から手が出るほど欲しい外貨が手っ取り早く手に入るのは、観光収入を置いて他にない。

ところがここ10年來、日本からの観光客が激減している。もちろん北朝鮮と日本は国交がないので渡航手続きが複雑だということもあるが、それ以上に両国の緊張関係とりわけ拉致問題の激化によって、「北朝鮮に行ってみたい」という気持ちが日本国民からはすっかり消えてしまっているのが最大の原因だろう。しかし(これは現地のガイドから聞いた話だが)、1980年代末から90年代前半にかけては、大量の日本人観光客が訪れた時期があったというのである。

最初のきっかけは、1989年にピョンヤンで開かれた「第13回世界青年学生祭典」だった。このときは世界の約180カ国から2万2千名の青年・学生が参加し、日本からも千人を超える若者が押し寄せた。翌年の90年には、金丸信自民党)や田辺誠(社会党)らの国会議員団が北朝鮮を友好訪問し、その後に北朝鮮観光ブームが起こって沢山の観光客が訪れるようになった。また95年4月には、アントニオ猪木のプロレス引退興行がピョンヤンで行われ、会場のスタジアムには19万人もの観客が詰めかけ、日本からも新潟空港からピョンヤンへのチャーター便が繰り返し飛んだという。

だが、90年代前半に年間数千人規模に達していた日本人観光客がその後は減少の一途をたどり、最近ではついに「100人程度」にまで激減することになった。現に私たちが訪れた8月の日本人観光客は個人客3組のたった5人で、行く先々で出会ったそのうちの1組は、在日朝鮮人のおじいさんが孫を連れての里帰りだった。

北朝鮮の日本人向け観光ガイドは実に優秀だと思う。その多くが北朝鮮でも有数のピョンヤン外国語大学日本語学科の卒業生だから、当然と言えば当然だが(ちなみに金賢姫工作員も日本語学科で学んだという)、日本への留学経験もないのに日本に関する知識や会話能力は抜群なのだ。教授の多くが在日朝鮮人の帰国組なので、発音もほとんど日本人と変わらない。また日本の観光会社から出る各種レポートも丹念に読んでいて、私たちへの質問の第一声は、「民主党への政権交代によって、日本の北朝鮮(観光)政策は変わると思うか」というものだった。

外国人観光客の誘致は、北朝鮮にとって目下の最重要課題だ。金正日総書記の今年5月の中国訪問では、経済援助の一環として中国人観光客の誘致が議題となり協定が結ばれた。以降、中国人観光客の団体旅行が増え、年間数万人規模で推移しているという。だがその一方、8月22日に中国で開かれた日中韓の観光担当大臣会議では、この規模とは「桁違い」の目標が掲げられている。日中韓3カ国を行き来する訪問者を2010年の1700万人から2015年には2600万人に拡大する目標が共同声明で採択され、日本は2009年に約100万人だった中国人訪問者を2016年までに600万人に増やす方針だというのである(朝日、8月23日)。

一方、2009年の日韓間の訪問者数は464万人で、日本からの韓国訪問者が初めて300万人を越え、韓国からは円高で減ったものの159万人が日本を訪れた。この数字は訪日外国人のなかでも最多となっている(2007年は250万人を超えていた)。このように韓国の3人に1人がすでに訪日しており、日本の5人に1人が韓国を訪問していて、日韓両国は世界で互いに最も往来が盛んな関係になっている。

しかしその反面、日本と北朝鮮の関係は冷え切っていて、日経新聞が韓国の中央日報と共同で実施した意識調査によれば、「自国にとって最も重要な国」として北朝鮮を挙げたのは韓国では15%だったが、日本ではゼロだった。また対北朝鮮政策において、韓国では「対話重点」63%、「制裁重点」30%だったのに対して、日本では「対話重点」37%、「制裁重点」49%とまったく正反対の傾向を示した(日経、8月23日)。

年間300万人の日本人が訪れる韓国、そしてたった100人の日本人しか訪れない北朝鮮、この余りにも隔絶した南北朝鮮半島の現実に対して、北朝鮮政府はいったいどのような観光政策を展開しようとしているのだろうか。(つづく)