菅政権のダッチロール(その14)、橋下・河村ブームは偽物の「タイガーマスク」現象だ

 1月23日から名古屋市長選が始まった。投票日は、すでに3日前から始まっている愛知県知事選、そして名古屋市議会解散の是非を問う住民投票と同じく2月6日という「トリプル選挙」だ。誰が仕組んだのか知らないが、一過性の「河村ブーム」や「地域政党人気」を最大限利用して、首長主導の翼賛議会体制を県市レベルで一挙につくり上げようとする選挙策略だろう。

 同様のことは、4月の統一地方選を目前にした大阪でも目下進行中だ。連日の報道では状況はもはや「選挙前」といった生易しいものではなく、「炎上中!」といってもおかしくないほどの盛り上がりを見せている。過日、大阪の都心・京橋で開かれた「維新の会」の街頭演説会の有様を通りすがりに見た私の友人は、千人余りの聴衆が橋下知事のアジ演説に熱狂し、(批判的な)野次一つ飛ばせない空気だったとぼやいていた。

橋下知事は「もう身体が持たない」といいながらも、相変わらず連日「維新の会」の候補者支援に走り回っている。そればかりか、名古屋市長選告知の前夜には、「維新の会」メンバー約100人を引き連れて名古屋市内に乗り込み、都心商店街で「中京都構想」を掲げる河村氏などとともに「大阪都構想」を絶叫調でぶち上げたそうだ。当日の街頭演説一帯の路上は、「維新」と染めた幟(のぼり)で埋まり、聴衆のなかからは「これはいったい名古屋の選挙なのか、大阪の選挙なのか」という声が上がったほどだったという。

これまでどちらかといえば、私は「橋下・河村ブーム」には懐疑的だった。というよりも、「そんなことがあっていいはずがない」、「テレビの一時的な影響だろう」と自分勝手に思い込んでいたのである。だが最近の大阪・名古屋の雰囲気は、私の見方が単なる「願望」であり、「主観」にすぎないことを示唆しているかのように思える。現実に進行している事態は、「ひょっとするとひょっとするかもしれない」と思わせるほどの気配が濃厚なのだ。

なかでも驚いたのは、1月25日読売新聞の「橋下大阪府知事就任3年世論調査結果」だった。「橋下知事を支持するか、支持しないか」といった類の質問に対しては、一般的に言って情緒的回答が多いので、支持率がいくら高くてもそれほど驚く必要がない。だが「大阪都構想に賛成か、反対か」、「大阪維新の会府議会、大阪市議会、堺市議会で過半数をとることに期待するか、期待しないか」といった具体的な質問になると、選挙も間近なので有権者の反応に関心を持たざるを得ない。

しかし結果は、不覚にも私にとっては思いもよらない数字のオンパレードだった。大阪都構想に対しては、「賛成」32%、「どちらかといえば賛成」24%、「どちらかといえば反対」14%、「反対」16%で「賛成」が「反対」を倍近く上回った。また大阪維新の会が3議会で過半数をとることに関しては、「期待する」57%、「期待しない」32%でこれもほぼ倍近い数字だ。おまけに春の府議選で投票する政党は、大阪維新の会が31%で断トツとなり、自民党13%、民主党9%、公明党5%、共産党3%などは足元にも及ばない。

1月末段階のこの有権者世論調査結果をどうみるかは、これから政治学研究者や選挙行動の専門家の意見をよく聴いてみなければわからない。しかし私が直感的に感じるのは、「政治不況」「政策不況」の影響を受けやすい大阪では、この間の既成政党への失望感や反感がより激しくあらわれ、その反動として「橋下ブーム」が続いているのではないかということだ。

一国の富と権力が集中している東京や首都圏では、グローバル大企業の経営者や中上層ホワイトカラー、政府・国家機関の官僚や専門家など小泉構造改革の恩恵を享受している階層が多い。それにくらべて中小企業関係者や低所得層が圧倒的に多い大阪では、小泉改革で「割りを喰った」住民で溢れている。民主党への政権交代を願った大阪の有権者たちは、政党支持とは関係なく「生活がよくなる」、「景気がよくなる」ことをただ望んでいただけなのだ。

ところが、そのはかない期待が100%裏切られた。政党支持の如何にかかわらず、自民党民主党から共産党まで既成政党への不信が一気に強まったのはそのためだ。そして既成政党への不信を煽り、公務員を「抵抗勢力」、「仮想敵」に祭り上げ、それに代わる「地域政党」への期待を掻き立てて登場したのが橋下知事だったというわけだ。まるで「正義の味方」月光仮面)か「伊達直人」(タイガーマスク)といったところだろう。

名古屋でも事情はよく似ている。トヨタのおかげで全国求人率日本一の水準が長く続いた状態から、リーマンショックの影響で輸出産業が一気に落ち込み、街に失業者が溢れて不況感がどっと押し寄せた。ところが、市議会議員は相変わらずオール与党体制に首まで浸かって市政はすべて官僚任せ、毎日ぬくぬくと暮らしている。自分たちは高額報酬をもらっていながら、市民のために汗をかいて頑張っている気配がさらさらない。「こんな議員なら要らない。報酬をカットしろ」という河村市長のパンチがタイミングよく利いたのだ。

「橋下・河村ブーム」は、所詮は「タイガーマスク」現象でしかないと思う。本物のタイガーマスクは、「伊達直人」として人びとの心の中に依然として温かく生き続けている。だが「タイガーマスク」をつけた偽物がすぐそこにいるのに、人びとは仮面の下の素顔を未だ見抜いていない。いつかその仮面を剥がされて素顔を暴かれる日が来るにちがいないのだが、ただその日が遅ければ遅いほど日本の政治情勢が大きく混乱することは避けられない。(つづく)