福島第1原発事故調査・検証委員会は、JR西日本列車脱線事故検証方式を参考にすべきだ、「企業国家日本」の破綻、そして崩壊のはじまり(7)、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その14) 

 5月23日付の日記で、私は「東日本大震災への今後の取り組みは、JR西日本福知山線事故調査に関わる組織的・構造的問題の解明と安全再構築への道筋を提起した報告書が大いに参考になる。いや参考にしなければならない」と書いた。偶然と言えば偶然だが、その翌日の5月24日、菅首相畑村洋太郎氏を委員長とする福島第1原発事故調査・検証委員会の設置を閣議決定した。畑村氏は、実はJR西日本福知山線事故の検証チーム(12名)の一員だった。

 わが国では航空・船舶事故ならびに重大な鉄道事故が発生した場合、国土交通省に設けられた運輸安全委員会が事故の原因究明調査を行い、調査結果にもとづいて国土交通大臣または原因関係者に対して必要な施策・措置の実施を求めることによって、事故の再発防止及び被害の軽減を図ることになっている。同委員会は、2008年10月に航空・鉄道事故調査委員会海難審判庁の原因究明部門が統合されて設置された独立行政委員会であり、国家行政組織法の第3条を根拠とする強い権限を付与された機関だ。調査対象も従来の航空事故、船舶事故、重大な鉄道事故に加えて、「重大なインシデント(事件・事変)」に関する調査を行う機関となった。そして事故調査結果報告書は広く社会に公表される。

 ところが、2005年4月に発生したJR西日本福知山線事故の調査を担当した航空・鉄道事故調査委員会運輸安全委員会の前身)の委員が、事もあろうに事故原因関係者のJR西日本社長らの求めに応じて事故調査情報を漏えいし、事故調査報告書の書き換えを要求するなど前代未聞の不祥事が発覚した。これを機に福知山線事故に関する「鉄道事故報告書」(2007年6月)はもとより、運輸安全委員会が行う事故調査に対しても国民の信頼が大きく損なわれ、JR西日本という鉄道事業体への不信感が一気に広がった。

 事態を重く見た国交省は、運輸安全委員会に対して事故調査報告書の信頼性を検証して必要な措置をとることを指示した。運輸安全委員会は、損なわれた社会の信頼を回復するためには、第三者による徹底的な検証作業が必要であり、事故調査報告書に関わる検証チームを設置して作業を委ねることを決定した。これが2009年11月に設置された有識者5名と事故遺族・負傷者・家族7名から成る12名の検証チームだ。

 いうまでもなく、検証の対象となる事故の関係者(遺族・負傷者・家族)に対して、国の機関が検証作業に参画することを委嘱するなど前代未聞のことだ。だが、それほどにまでこの大事故の与えた社会的衝撃が大きく、またそれ以上に家族を失った遺族や事故犠牲者の悲しみと憤りが深く、事業者や政府関係者への不信感が大きかった。自らの手で事故の構造的原因と背景を究明しなければ失われた命が浮かばれない、事業者の「反省」で事を済ませればふたたび大事故が起こる可能性を排除できないなど、浅野氏をはじめとする多くの遺族や事故犠牲者の強い気持ちが社会を動かし、事故の関係者が検証作業に参画するという前例のない事態を生み出したのだ。

 検証作業の内容は、このような一片の日記では到底記すことのできないほど密度の濃いもので、ここではこれ以上言及しない(できない)。しかし私の言いたいことは、今回の東日本大震災という「重大なインシデント(事件・事変)」とりわけ原発メルトダウンという「シビア・アクシデント(過酷事故)」の原因究明にあたっては、どのような場合にせよ、被災地・被災関係者の参画が欠かせないということだ。言い換えれば、「政府・事業者や専門家だけの調査・検証機関にしてはいけない」ということだ。

 東日本大震災は、地震津波原発事故・風評被害の“4重苦”の大災害だ。だとすれば、これら大災害の発生原因や拡大要因、事故対応の不備や遅れなどに関する構造的な調査・検証作業は、単独の組織や機関で行えるような単純な代物ではないといえる。それぞれが複雑な原因と錯綜した背景を持つ「重大なインシデント、アクシデント」である以上、すくなくとも災害の性質に対応した複数の調査・検証チームの立ち上げが必要となる。

 たとえば津波災害についてはどうか。津波災害をどう調査・検証するかは、被災地のこれからの復旧復興のあり方と大きく関わっている。政府や宮城県などでは「高所移転」という対策が早々と唱えられ、それと並行して漁港の集約や小規模市町村の合併、さらには道州制の導入までが検討されている。しかし津波災害が、“土建国家”のもとで地域の総合的防災対策とは無関係に推進されてきた巨大土木公共事業(万里の長城といわれた大防波堤・防潮堤など)のもたらした「負の遺産」であることには誰も言及しない。

 地元政治家とゼネコンの利権共同体によって推進されてきた巨大土木事業は、「ダム建設事業」と同じく巨額の公共事業予算を獲得すること自体が目的であって、流域や沿岸部の環境保全や総合的防災対策を考慮したものとはいえない。津波対策に関していえば、巨大な湾口防波堤・防潮堤の建設が沿岸集落や市街地と海を視覚的にも心理的にも遮断し、津波に対する住民の観測体制や警戒態勢を弱めたことは否定できない。「多重防災対策」が大津波から地域住民の命を守るための原則であるにもかかわらず、巨大土木施設の建設という「一重防災対策」に地域住民の生命を託したことが、今回の大災害を招いた大きな要因だったのである。

 土木学会や国交省関係の専門家に津波災害の調査・検証を委ねれば、ほどほどの防波堤・防潮堤の再建と護岸工事、そして居住地の「高所移転」あたりが提言されることになるだろう。いずれもが巨額の公共事業予算をともなう新たな「防災対策」の提案であり、“土建国家”の利益共同体にとっては「新たなビジネスチャンス」の創出につながる。そこには、海と漁村が一体になってはじめて機能する漁業再建の哲学はない。

 原発事故の調査・検証に至ってははるかに複雑だ。原子炉の制御に関する原子力工学・原子炉工学の専門家の参加は欠かせないが、今回の社会的大災害となった原発周辺地域住民の避難問題については、いったいだれが調査・検証するというのか。被災地自治体や被災者と無関係にそんな調査・検証が進められるのか。農業や酪農を続けることができなくなり、要介護高齢者が移転を余儀なくされ、子どもが学校移転を強いられる、そんな「重大なインシデント」を一部の専門家や政府関係者で調査・検証できるというのか。

 菅政権が閣議決定した原発事故調査・検証委員会は、今回の東日本大震災の全容から見ればごく一部の調査・検証作業にすぎない。だからそれをどのような枠組みで立ち上げるかは、今後の引き続く調査・検証作業のモデルになるだろう。JR西日本鉄道事故の検証メンバーであった畑村氏に課せられた責務は重大である。(つづく)