中国高速鉄道事故と福島原発事故は同質同根だ(3)、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その28)

中国高速鉄道事故と福島第1原発事故の第3の共通点は、両者とも“レフリー”と“プレイヤー”を抱え込んだ巨大な「利益共同体」(中国鉄道省、日本原子力ムラ)が惹き起こした大事故・大災害だということだ。

国鉄道省は、共産党政権が戦時の兵員物資輸送を鉄道に頼り、鉄道が国防上の重要な役割を果たしてきたことから、独自の裁判制度や警察組織を持ち、整備計画から建設、運航、点検までを一貫して管轄・監督する「独立王国」を形成してきた。2010年現在、職員数は210万人、営業キロは9万1千キロ、高速鉄道は1万キロを超え、2015年までに高速鉄道営業キロを1万3000キロに伸ばし、世界最長になる整備計画を進めていた。

 このため、ここ数年の年間投資額は、銀行からの借り入れや債券発行による調達が増加して7兆〜9兆円規模に急拡大し、負債総額は約26兆円、対資産比58%に達している。これほどの巨額の負債が可能になったのは、鉄道省財務省以外は認められていない国債発行の権限を持ち、独自で資金調達をできる特権的地位を与えられてきたからだ。鉄道建設が中国の経済成長の牽引力となり、高速鉄道が海外資本輸出の中核になると期待されてきたからである。

 だが、鉄道省が航空、船舶、バスなどの公共交通機関を監督・指導する交通運輸省から独立し、「中央指導部すら鉄道省の計画や運営には口を挟めない」ような“独立王国”の様相を深めてくると、独立王国内ではレフリー(指導部)とプレイアー(事業体)が慣れ合う「八百長ゲーム」(やらせ試合)の横行が避けられなくなる。これが利権・腐敗の温床となり、手抜き工事や手抜き生産の原因となって安全軽視路線に一路傾斜していくわけだ。

 また鉄道整備計画の規模拡大に伴い、最近になって鉄道省の資金不足問題も顕著になってきていることも重大な政治問題化しつつある。今後も利子付債務に頼って資金調達を続けると、鉄道収入がそれに見合う伸びを示さないので(高速鉄道の運賃が高くて乗車率が低いから)、年間の有利子負債は6兆円、2015年までの負債総額は56兆円に上り、資産負債率は72%に達するとの警告も出されている。いわば中国の高度経済成長路線の赤信号が高速鉄道建設をめぐって点滅しているのである。

しかしこの間の事情は、日本の「原子力ムラ」も基本的に変わらない。電力供給の地域独占を背景とする電力企業(連合体)は強大な経済力と政治力を誇り、中央財界でも地方政財界でも事実上の「盟主」の地位を占めている。とりわけ原発開発は日本の国家的戦略課題とされ、政策面でも予算面でも特権的な扱いを受けてきた。日本のエネルギー関係予算の7割が原発開発費に投入され、原発開発投資は公共・民間合わせて年平均約3兆円規模に上るといわれる。

豊富な原発関係予算を背景に、霞が関では40に近い原発関係の国策機関が設立されて(民主党事業仕分けの対象からも意識的に外された)、政府官僚や連合幹部、学者やマスメディア関係者の「指定ポスト」になり、原子力ムラを支える組織的インフラが網の目のように張り巡らされるようになった(いる)。電力料金にも自動的に原発経費が上乗せされ、それらが電源交付金となって地方の原発周辺地域(過疎地域)自治体にばら撒かれるようになった(いる)。

中央から地方に至るまで原子力ムラによる関係者の「囲い込み」が行われ、そのなかでレフリー(政府、経産省原子力安全委員会原子力安全・保安院原子力学会、マスメディア、地方自治体など)とプレイヤー(原子力国策機関、電力企業など)の役割分担が決められて「原発安全神話」がまかり通るようになると、原発利益共同体内部では「八百長ゲーム」(やらせ試合)が常態化して、あたかもそれが“現実”であるかのような錯覚が広がった。「安全軽視」がレフリーとプレイヤー双方の体質となり、原発の安全審査、安全管理、安全投資が空洞介していった。

こうした状況の下で電力中央研究所原子力政策担当室などからは、「2006〜2030年の25年間で、原子力発電10基分の設置の有無により生じる国内総生産の増減は、直接効果で21兆円、間接効果で17兆円、合計38兆円の効果がある」といった安全コスト抜きの原子力発電設備の新増設の経済的効果の試算例が堂々と示され(2010年2月)、それに則って民主党の「新成長経済戦略」が立案され、関係大臣が諸外国に原発輸出セールスに出向くといった状況が生まれていたのである。

いま中国では、鉄道省が鉄道の監督と運営を一括して担う現行体制に対する疑問が急浮上している。今回の高速鉄道事故調査委員会のメンバーからも、鉄道省関係者が外された。これは極めて異例な事態であり、鉄道省を解体して交通運輸省に再編する一大転機になるかもしれない。アメリカでも「先月起きた高速鉄道事故は、世界2位の鉄道網を運営する同国鉄道省の分割を早める可能性がある」との観測が流れている。(ブルームバーグ、8月4日)

日本でも嵐のような国民的非難のなかで、「原子力ムラ」をそのまま維持することが出来なくなった。細野原発担当相が中心になって経産省から原子力安全・保安院を切り離し、内閣府原子力安全委員会文部科学省のモニタリング部門と統合する案が動き出しつつある。具体的には、環境省の外局として「原子力安全庁」を設置する方針だというが、弱小官庁の環境省に強力な原発推進軍団である原子力安全・保安院原子力安全委員会などが単に移動するだけでは、原子力ムラの実質的な解体にはつながらないだろう。

八百長ゲーム」(やらせ試合)をしてきたレフリーとプレイヤーを退場させることは、公正なゲームを再生するうえでの一大原則だ。この原則は、大相撲でも、プロ野球でも、国際サッカー連盟でも変わることはない。八百長ゲームで手を汚したメンバーが、ユニフォームの名前を変えただけで再出場してきたのでは、観客のブーイングは収まらない。結果は、入場者の激減とチームや連盟の消滅につながるだけだ。日本のエネルギー政策は、まさに存廃の岐路に立っている。