大災害に便乗した「選択と集中」の国土計画はもう止めにしよう、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その17)

 6月下旬には、東日本大震災復興構想会議の第1次提言が出される予定だという。五百旗頭議長は目下提言の集約に苦心惨憺だと伝えられるが、その基本方向が「集中と選択」の国土計画にもとづく国土・地域の構造改革にあることはまず間違いない。いわば東日本大震災という未曽有の大災害を利用して(便乗して)、道州制を下敷きにした国土・地域の改造構想すなわち「東北モデル」が打ち出されるというわけだ。

 これまで日本の国土計画は、第1次から第5次までの「全国総合開発計画」によって推進されてきた。しかし土建国家を象徴する「開発」というキーワードが国民に受け入れられなくなると、国土計画の名称を「国土形成計画」に変更して、「多様な広域ブロックが自立的に発展する国土を構築するとともに、美しく、暮らしやすい国土の形成を図る」とする新しい国土計画(全国計画)が2008年7月に自公政権のもとで閣議決定(国会議決は不必要)された。(『人と国土21』、財団法人・国土計画協会、2009年11月号、2011年5月号、国土計画協会は国土交通省国土計画局の外郭団体)

 国土形成計画は、「全国計画」と「広域地方計画」から構成される。「広域地方計画」は、いうまでもなく国土の「広域ブロック」すなわち道州制を想定した8ブロックで策定されることになっており、民主党への政権交代が起こる総選挙の直前、2009年8月に全ての広域ブロックで計画が策定された。

この中で注目すべき事実は、各広域ブロックに設置される計画組織の最高責任者に電力会社の元社長・会長が数多く就任していることだろう。東北圏計画は東北電力、北陸圏計画は北陸電力、近畿圏計画は関西電力、四国圏計画は四国電力、九州圏計画は九州電力というように、実に8ブロックのうち5ブロックの計画責任者が電力会社の最高幹部で占められている。つまり、「広域地方計画」は電力会社の支配圏にもとづいて策定されているのであり、このことは道州制の実現が電力会社の経営戦略に合致していることを示している。

同時に興味深いことは、広域ブロックの産業・都市の成長政策を検討する国土審議会の「広域自立・成長委員会」の委員長に、寺島実郎氏(日本総合研究所理事長、元三井物産戦略研究所会長)が就任していることだ。寺島氏といえば、小宮山三菱総研理事長や山田野村総研顧問とともに宮城県震災復興会議の副議長として活躍している人物である。氏は、「国の大きな復興計画に関する議論より、(宮城では)挑戦すべきテーマがクリアに出ているので、宮城の計画が震災復旧のモデルになるのではないかと期待している」(河北新報、5月11日)と述べている。つまり、宮城県の震災復興計画を「東北圏広域地方計画」の突破口に位置づけているということだ。

 すでに策定されている東北圏広域地方計画の主なポイントとしては、(1)基幹産業である農業・水産業の収益力の向上、(2)次世代自動車関連産業集積拠点の形成、滞在型観光圏の創出など、(3)リサイクル産業集積等を活かした循環型社会づくりの3点が挙げられている。村井宮城県知事が震災復興計画として実現しようとしている「農地の集約による大規模農業の創出」や「漁港の集約と漁業権の民間企業への開放」などのプロジェクトは、この東北圏計画の具体化に他ならない。

 また計画実現の手法としては、「選択と集中」の原理が強調される。それは、「各広域ブロックの内部では、ブロック圏域の牽引役すなわち「成長の極」となる都市、産業の強化促進が必要であり、そのためには「選択と集中」の考えに基づき、限られた労働と資本が民間部門において生産性の低い土地から、既存ストックが多く存在するより生産性の高い土地に重点的に投入されるよう誘導し、拠点の発展とその波及効果により地域ブロック全体の活力が維持されることが重要である」というものだ。(国土交通省国土計画局監修、『国土形成計画(全国計画)の解説』、時事通信社、2009年)

 この「選択と集中」の原理を農業部門や漁業部門に当てはめると、生産性の低い小規模農業や小規模漁業を民間資本の主導のもとに集約し(切り捨て)、産業拠点形成と重点投資によってTPPにも対応できるような生産性の高い産業構造・地域構造に転換させようということになる。震災復興計画としては、津波で被災した沿岸地域において、農業・漁業の大規模集約のために「建築制限」をかけ、農民や漁民の自発的な復興活動を凍結し、「高地移転」によって産業拠点を建設するという内容になるのである。

このようにみてくると、東日本大震災復興構想会議と宮城県震災復興会議は、国土形成計画なかでも東北圏広域地方計画の具体化のために組織されてものであることが明らかだろう。菅民主党政権自公政権の国土計画を忠実に受け継ぎ、しかも東日本大震災を利用(便乗)して道州制の前提となる国土・地域構造をこの際一気に変えようとしているといってよい。

 国土計画や都市計画の分野は、「原子力ムラ」に勝るとも劣らない強固な利益共同体の世界だ。東大都市工学科出身の学者や官僚が「国土・都市計画ムラ」を一手に仕切っている。その代表格の伊藤滋氏(東大名誉教授・国土計画協会会長)が『人と国土21』(2011年5月号)の巻頭言で、次のような単刀直入意見を述べている。

 「原子力災害がこれまでの地域計画、さらには国土計画を根底から揺り動かしてしまった。危機管理を中心に置いた地域・国土計画を私達は考えなければならなくなった。全国土の沿岸部に50を超える原発基地が設置されている。これらの原発基地のいずれかに今回のような事故が起きれば、基地周辺の広範な地域は長い年月、人が住めなくなる可能性が明らかになった。」

 「原子力災害のレベルがチエルノブイリと同じ7であるという事実は、その地域で生産される第1次産業の生産物を消費市場は受け付けないかもしれない。危機管理の観点からみれば、ここ数年間に被災者がこれまでの居住地に復帰し、生産活動を開始するというスケジューリングは極めて困難であるといわざるを得ない。」

 「それではどうすればよいのであろうか。答えは一つであると思う。新しい街と村を福島県の中か、その近傍の県のいずれかに造ることである。(略)その新しく造られる町や村には、被災者の方々が住んでいた町村ごとにまとまって移住することが必要である。」

 「被災地内の宅地はもはや使えない。そのまま放置するか或いは時間をかけて解体していく。この地域の面影を残す幾つかの建物は保存することもあろう。その他の宅地は植林された林地に変わってゆく。そして福島第1原発基地は廃炉となり、新しく植林した平地林の中に取り残される。このようなこれまで全く想像のできなかった地域の光景がこれから生まれてくるであろう。」

 ここには、「選択と集中」の原理の世界に生きてきた「国土・都市計画ムラ」の冷酷で官僚的な意見が図らずも述べられている。そこには当然のことながら、地域の自然と社会のなかでたくましく生きてきた民衆の息吹や視点は微塵も見られない。まるで戦時中の満州へ開拓移民を送るような強権的(軍事的)発想すら感じられる。だが被災地の再生を担うのは、「国土・都市計画ムラ」の学者でもなければ官僚でもない。それは「脱原発」のエネルギー政策をになうのが「原子力ムラ」の住人ではないのと同じである。(つづく)