日本経済新聞(京滋版、2012年6月16日)の記事は、政府が6月15日の閣議において国の出先機関(国土交通省地方整備局、経済産業省経済産業局、環境省地方環境事務所)を2012年度中に地方移管する特例法案の閣議決定を先送りしたことを伝えるものだった。理由は、「(全国の)市町村が反対し、法案提出にあたって与党側の了承が得られなかった影響が大きい」からだという。
これに先立ち民主党は6月11日、地域主権調査会を開いて特例法案を論議したが、「広域災害は国でないと対応できない」「市町村の関与が希薄」と反対意見が強く、全国町村会や全国市長会の「東日本大震災で被災各県の行政が混乱する中、迅速に対応したのは地方整備局などの出先機関」との主張もあって、特例法案が今国会に提出されても成立が見通せなくなっていた(西日本新聞、2012年6月12日)。
そういえば、今国会での法案上程を控えたここ数か月は、財界・政府・広域連合と市町村間の攻防が激しく、その対立は抜き差しならない段階に達していた。関西ではこれまで「地方移管レース」の先頭を走ってきた関西広域連合が3月20日、特例法案の閣議決定の直前になってはじめて近畿市長会・町村会役員に対する説明会を開き、井戸連合長(兵庫県知事)が効率的な広域行政の実現などのメリットを精力的に説いたが、出席した関西2府4県24市町村の首長からは出先機関の機能維持や予算配分を不安視する声が多く、異論や疑問が続出した。これまで広域連合の制度設計は専ら関係知事と国の間で進められ、市町村はまったく「カヤの外」に置かれてきたからだ。
同説明会においては、上田近畿市長会長(奈良県大和郡山市長)は「まだまだ基礎自治体の意見が反映される中身になっていない」として、出先機関の機能維持を要望し、獅山彦根市長も広域連合議会の議員定数見直しが難航した経過を踏まえ、「こんなことで予算編成などに迅速に対応できるのか」と指摘した。また府県間の予算配分や利害調整への不安も目立った(京都新聞、神戸新聞、2012年3月21日)。
しかし決定的だったのは、関西広域連合に奈良県が未加入である現状について、内閣府地域主権戦略室次長が「奈良県が入っていないと地方移管できない公算が大きい」との見解をはじめて示したことだ。井戸連合長(兵庫県知事)は引き続き奈良県に加入を求め、権限の委任や代行を可能にする制度設計を政府に要望するとしたが、この瞬間に関西広域連合が地方移管の受け皿にもならない“砂上の楼閣“にすぎないことが判明したのである。
このような事態に危機感を抱いた財界(日本経団連・経済同友会・関西経済連合会・九州経済連合会)は、政府に関連法案の早期かつ着実な成立を促すため、5月7日に「地方分権改革シンポジウム−国出先機関の移管実現と地域の自立」を開き、関西広域連合や九州地方知事会も共催団体として参加した。この席上で井戸知事は、「国の出先機関の事務を引き受けることが関西広域連合の存在意義であり、移管事務を仕分けていては進まないことから、「丸ごと」移管を主張している」と説明したが(『週刊・経団連タイムス』2012年5月17日号)、奈良県抜きの地方移管の展望については何も語らなかった(語れなかった)。
一方、市町村側の動きは活発だった。5月17日には東北市長会が第160回総会を開き、「地方整備局及び地方経済産業局存続に関する決議」を可決した。ここでは「今回の大震災では、発災直後から地方整備局や地方経済産業局と市町村が一体となって迅速かつ懸命な救援活動やインフラ・産業の復旧が行われるなど、地域における国の出先の役割が改めて認識された」ことが強調され、「国の出先機関廃止については拙速に廃止論のみを進めるのではなく,真に地方分権改革の実現のためにも地域住民の安全安心に直接責任を有し、産業・雇用を守るべき基礎自治体の意見を充分に反映した上で議論を行い、また今後とも国の出先機関と充分な連携が担保されるよう要望する」とされた。
また6月6日には、全国市長会が第82回総会を開催して同様の趣旨の「東本大震災からの復旧・復興に関する決議」および「国の出先機関改革に関する決議」を可決している。これらの決議は目下、被災市町村が直面している行政課題を具体的に掲げたもので、「復興事業予算の実態に即した財政支援」「国の出先機関のあり方」「被災者に対する社会保障」「被災者の生活再建支援」「避難者支援」「災害廃棄物等の処理に対する支援」「地域産業の復興・再生に対する支援」「公共施設等の復旧支援」「復興道路等の整備促進」「港湾の早期復旧整備と利用促進」「情報通信基盤整備」「港湾の早期復旧整備と利用促進」「今後の防災対策」「東日本大震災からの復興を祈念する日の制定」など13項目にわたっている。いずれも被災者と被災地の復旧復興には必要不可欠であり、切実かつ喫緊の行政課題を取り上げたものだ。
本来ならば、地方紙としての河北新報は「東北再生共同体」のような空想的な提言に走るのではなく、基礎自治体が直面する課題をいかにして実現するかについて深く掘り下げるべきであった。東北の自立的な復興を実現するためにいま求められているのは、広域行政組織の創設ではなくて被災市町村の支援であり、基礎自治体の拡充でなければならないからである。
第5部の特集シリーズにおいても、取り上げるべき課題は関西広域連合における「奈良県未加入問題」であり、知事インタビューは山田京都府知事だけではなく、関西広域連合へ参加拒否している新井奈良県知事の意見も掲載すべきであった。だが不思議なことに、河北新報は奈良県が関西広域連合に参加していないという厳然たる事実ですら読者に伝えようとしていない。
そして東北市長会や全国市長会の総会がこうして相次いで開催され、国の出先機関の地方移管に反対する決議が陸続と出された5月、6月でさえ、(眼を皿のようにして読んでみたが)河北新報の紙面にそれらの動きが載ることはなかった。市町村の動きが、第5部「自立的復興へ東北再生共同体を創設」の趣旨に反するが故の「ボツ」だったとは思いたくないが、もうそろそろ「上からの目線」は止めるべき時が来たのではないか。(つづく)