震災発生から4カ月、「不確実性」の原発事故に対して政治は何をしているのか、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その20)

 7月11日で東日本大震災の発生から4カ月を迎えた。災害との闘いには覚えやすいのか、通常「3」の数字がつくものが多い。自分の命を守るためには「3分」以内の避難行動、家族や周辺の人びとの命を救うためには「3時間」以内の救出活動、生存者を発見するには「3日」以内の探索活動(それ以上、時間が経過すると存命率が急激に低下する)などである。

 この調子で「3」の数字を並べていくと、「3カ月」は避難所暮らしの限界、「3年」は仮設住宅暮らしからの脱出といったことになるかもしれない。だがこんな数字遊びは、東日本大震災の場合にはほとんど通じない。災害規模が桁違いに大きく、被災地域が数百キロの広域に及び、被災者が百万人近いという膨大な数に達しているからだ。

 くわえて、福島第1原発の事故がこれまでの災害の姿を根本から変えた。突発性の地震災害や津波災害と異なり、原発事故はいつ収束するかわからないという「不確実性」がその本質だ。現に東電や政府の「工程表」にもかかわらず、原子炉の安定冷却は遅々として進んでいない。それどころか、現場では冷却システムの故障続きで、いつ大量の放射能汚染水が敷地内や海に向かって溢れるかもわからないという危機的状況が続いている。

 私の周辺のシステム設計や機械技術の専門家たちは、設計思想も技術体系も異なる諸外国の装置を繋ぎ合わせ、しかも試運転もしないでいきなり本格運転に入ることなど、「想定もできない事態だ」と口を揃えて言っている。通常は2、3年かかる試験運転を成否の見通しもなしにいきなりその場でやろう言うのだから、それほど危機的状況が深刻だということなのだろう。ここでは東電の技術者や協力企業の労働者に「(命を大切にして)頑張ってほしい」と祈る他はない。

 しかし事態を客観的に俯瞰するとき、このような過酷な原発事故を引き起こした東電・政府・協力学者など「原子力ムラ」住人の犯罪的責任は、末代にわたって徹底的に追及されなければならないが、当面する課題としては、従来の災害経験を下敷きにした復興政策を根本から見直し、原発事故に対応する中長期的な復興体制を構築することが急務だと思う。

震災復興構想会議は、当初は原発事故を素通りして提言を出すつもりだった。ところが多くの委員の中から異論が続出して、仕方なく原発事故対策に触れざるを得なかった。しかし、すでに選考を終えていた委員のなかには原子力の専門家がいない。「原子力ムラ」の住人なら「百害あって一利なし」というところだが、国内には長年にわたって原発の「安全神話」の虚構を追求してきた立派な学者が沢山いる。どうしてその人たちをメンバーに起用して原発事故対策を下敷きにした復興構想を論じないのか。

復興構想会議は「1回限りの提言」を出して事実上解散したが、その程度の議論で解決策が見いだせるのなら、誰も苦労はしない。その場かぎりの議論を官僚が手際よくまとめ、時間がくれば「これが復興構想だ」などと称して発表するのであれば、これは「従来通り」の審議会や委員会の手法と寸分も変わらない。こんなやり方では、お座なりの「思いつき提案」以外の何物も出てこないというべきだ。

問題は、復興にあたる人物の資質と使命観だろう。震災復興基本法にもとづく復興大臣の場合もそうだ(なおさらそうだ)。正直言って、菅首相松本龍氏を任命したときは目を疑った。松本氏といえば、部落解放運動の世襲幹部として同和対策事業で長年メシを喰ってきた人物だ。半世紀にもわたって20兆円近い膨大な国費が投じられた同和対策事業は、部落解放同盟を肥大化させ、解放同盟幹部を「運動貴族」「世襲貴族」に変えた。

政界でも有数の資産家である松本家の財産が同和対策事業の恩恵と無関係だというのなら、それを証明してほしい。一族の建設事業者が受注してきた多額の公共事業が、同和対策事業と無関係であると言うのなら、それも証明してほしい。そして、どうすれば差別と貧困のどん底に喘いでいた人たちがかくもリッチな境遇に到達できるのか教えてほしい。

 私は、松本氏が復興大臣の職に就いたとき、東日本大震災の復興事業が同和対策事業と同じ道を辿るのではないかとの強い危惧を抱いた。また、松本氏の岩手県知事や宮城県知事に対する言動を見て、「これは部落解放同盟が行政を糾弾するときの光景そのものだ」とも感じた。しかし事態は急転直下して、松本氏はその職を去った。だが「運動指定席」の国会議員の職は辞すつもりがないという。

 話を元に戻そう。今回の東日本大震災は、突発性の地震災害や津波災害だけではなく、「不確実性」を本質とする原発事故を伴っている点で従来のあらゆる災害と根本的に異なっている。菅首相原発周辺地域は「10年、20年は帰れない」といって慌てて取り消したそうだが、原発事故からの復興はそれほどの中長期の取り組みを必要とする大事業であることを銘記すべきだ。

 震災発生から4カ月、遅々として進まない復旧復興対策の原因は、菅政権の不手際や統治能力の欠除ということもあるが、より本質的には原発事故対策がこれまでの復興対策とはケタ違いの中長期の取り組みを必要とすることへの基本的認識がないためだろう。「3」の付く数字でいえば、「30年」というのが原発事故対策と周辺地域の復興政策の一つの目安になるかもしれないと私は考えている。(つづく)