日本経団連には「企業行動憲章」はあっても「企業団体倫理憲章」はないのか、米倉経団連会長発言シリーズ(3)、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その24)

結局のところ、米倉発言は、7月14日経団連発表の「エネルギー政策に関する第1次提言」にすべて帰着する。この提言を読むと、これまでは台本なしに下手な役者がセリフを喋っているかと思っていたが、すべては台本通りの筋書をそのままトレースしていたにすぎない。ヒドイ台本をヒドイ役者が読んでいたというわけだ。

 提言は、「基本的な考え方」、「当面の電力供給の確保に向け求められる緊急対策」、「中長期的視野に立ったエネルギー政策の見直し」の3部からなっている。いろいろと枕言葉を並べてはいるが、要するに言いたいことは、「エネルギーが経済性のある価格で安定的に供給されなくなり、将来のエネルギー供給についての見通しが立たなければ、企業の製造拠点等の海外移転、国内での新規設備投資の抑制など、日本経済の空洞化の一層の加速は避けられない」という手前勝手な理屈を前提にして、とにもかくも原発を維持・再稼働させたいということに尽きている。

それでは、日本経済の土台となる電力の安定供給のための方策とはなにか。第1は、「発送電の分離や競争原理のさらなる導入等の電力事業のあり方は、電力の安定供給や経済性に複雑な影響を及ぼすので、拙速な議論は避け、原子力事業に対する国の関与のあり方と併せて、地に足のついた議論を行うべきである」というものだ。要するに電力の安定供給のためには、電力企業の地域独占体制をそのまま維持することが肝要であり、「余計なことは言うな!」(拙速な議論は避けよ)というのである。

第2は、当面の電力供給の確保に向け求められる緊急対策としては、「原子力については、定期点検終了後も停止したままとなっている発電所を速やかに再稼働させることが何よりも重要である」というものだ。福島第1原発事故の収束見通しがいまだ五里霧中であるにもかかわらず、また食品の放射能汚染が全国的に拡大しているにもかかわらず、安全性が検証されていなくても、国民の不安が解消されていなくても、定期点検後の原発をとにかく再稼働させよというのである。これは「やらせメール」でも何でもして、佐賀玄海原発の再稼働を急いだ九電の体質と寸分も変わらない。

第3は、中長期的視野に立ったエネルギー政策の見直しとして、「 新たなエネルギーのベストミックスが必要であり、準国産エネルギーである原子力の果たす役割は引き続き重要である。安全性確保を大前提に国民の理解を十分に得ながら、引き続き着実に推進していく必要がある」というものである。「ベストミックス」という言葉で原子力エネルギーを不可欠の要素として埋め込み、「安全性の確保」という大前提が崩れているにもかかわらず、それを大前提にしてなお原発を「引き続き推進する」というのである。これは論理矛盾以外の何物でもなく、経団連の思考過程全体が「ブラックボックス」化していることを示している。

経団連には個々の企業に関する「企業行動憲章」はあるが、経団連自体に関する行動憲章や倫理綱領はない。“社会の信頼と共感を得るために”というサブタイトルがついた企業行動憲章は、「企業は、公正な競争を通じて付加価値を創出し、雇用を生み出すなど経済社会の発展を担うとともに、広く社会にとって有用な存在でなければならない。そのため企業は、次の10原則に基づき、国の内外において、人権を尊重し、関係法令、国際ルールおよびその精神を遵守しつつ、持続可能な社会の創造に向けて、高い倫理観をもって社会的責任を果たしていく」というもので、具体的な行動指針が列挙されている。

なぜ経団連に倫理綱領や行動憲章がないのか不思議なところだが、おそらく財界首脳団体には「そんなものは必要ない」(存在自体が至高である)との自意識があるからではないか。とすれば、それに代わるものとして定款をみると、そこには「第3条(目的)、本会は、総合経済団体として、経済界における各部門の連絡を図り、民間の経済活力を高める観点から、財政経済・産業・社会労働分野における内外の諸問題について経済界の公正な意見をとりまとめ、その実現に努力し、もって国民経済の自立と健全なる発展を促進することを目的とする」という条項がある。

「国民経済の自立と健全なる発展を促進すること」が、総合経済団体である経団連の存在意義であり、組織目的であるとすれば、これまでの一連の米倉発言は、明らかに経団連の定款に違反しているといわなければならない。なぜなら、米倉会長の口癖である「電力不足になると日本企業の海外移転が加速する」などといった一連の煽り発言は、「国民経済の自立と健全なる発展」を真っ向から否定するものに他ならないからだ。また7月14日経団連発表の「エネルギー政策に関する第1次提言」は、組織ぐるみの定款違反行為だといっても過言ではない。

 いまや“日本経済劣化”の象徴となった米倉会長の言動に対しては、現在のところ経済界の中から組織的な批判が出ているわけではない。しかし「蟻の一穴」というべきか、「小さな風穴」というべきか、6月23日に経団連へ退会届を出した三木谷楽天社長の行動が注目される。三木谷氏は、経団連を「ガラパコス」になぞらえ、東京電力福島第1原発事故後の経団連の対応について、「経団連は電力業界と重厚長大産業の利益代表組織にすぎない。電力業界を保護しようとする態度がゆるせない」と批判し、また経団連を退会した理由については、「経団連の言うことが日本の産業界のコンセンサスだと思われているが、実は違うということをクリアに示したかった」と語っている。 

経団連傘下の企業のなかには、おそらく三木谷氏と同様の考えを持つ経済人が数多くいることだろう。だがそれが表面に出てくることがないのが、日本資本主義の限界であり、劣化を加速させる基本的要因となっている。米倉会長に象徴される「経団連のガラパコス化」は、これからの日本経済が化石化することはあっても、生物多様性の世界に発展する可能性は少ないだろう。