再録『ねっとわーく京都』2011年5月号、緊急提言・財界は国民と国際社会をおそれよ〜大企業は利益剰余金2百数十兆円の1割を復興資金に提供すべきだ〜(広原盛明の聞知見考、第4回)

東北地方太平洋沖大地震の発生
2011年3月11日(金)午後2時46分、私はたまたま自宅でBSテレビを見ていた。そのとき、朝のラジオ放送で時々試験的に鳴る「緊急地震速報」(予報・警報)の信号音が突然画面に流れ、アナウンサーが緊張した声で「東北地方にあと数分で強い地震発生のおそれ」と伝えた。ほどなくして各局の屋外カメラが現地の光景を一斉に映し出し、不気味な振動音とともにテレビ画面が激しく揺れた。
ここまでなら日頃の光景とあまり変わらない。最近は震度4クラスの地震が日本列島各地で頻繁に発生しているので、同様の画面を見る機会が多かったからだ。でも、今回は様子が違った。地震情報を伝えている東京の放送スタジオ自体が激しく揺れ、アナウンサーやキャスターの顔が恐怖で歪んでいたからだ。東北地方のみならず、東京・関東地方もまた大規模な地震に襲われていることを知った瞬間だった。
阪神大震災のときもそうだったが、被災情報は時々刻々と変化する。最初の報道では死傷者数人程度にすぎなかった被害規模が、最終的には6千人を超える犠牲者を出すまでの大災害に拡大するのである。今回の震災は東日本一帯にわたる超広域災害であるだけに、どれだけの規模になるかは想像もつかない。とはいえ、三陸海岸沿いの市街地や集落が次々に大津波の濁流にのみ込まれていく様子を見て、これはインドネシアスマトラ沖大地震津波被害に匹敵する大災害になると直感した。

東電福島第1原発事故への不安
 今回の東日本大震災阪神大震災と決定的に違うところは、東京電力の福島第1原子力発電所炉心溶融事故(メルトダウン)が発生していることだ。日本の原発立地は比較的狭い敷地に原発が集中していることが特徴で、福島第1原発でも6基の原子炉が隣接して設置されている。そのうちの4基が炉心の制御不能に陥り、残る2基も不穏な動きを見せているというのだから(3月19日現在)、原子炉6基が同時に危機的状況に陥るという世界でも類を見ない緊急事態が進行しているわけだ。
多くの原発を抱える欧米諸国では、今回の福島原発事故は自国の事故同様あるいはそれ以上の衝撃として広がっている。ドイツのメルケル首相は、老朽化した原子炉7基を非稼働にすることを即刻決定し、スイスも既存の原発改修と新規建設を一時中止すると発表した。EUの欧州委員会は、加盟27カ国のエネルギー相、原子力当局、域内の電力会社、原発メーカーを集めた緊急会合を開催し、原発の非常時に備えた緊急計画や安全基準、原子炉冷却のための電力供給システムのあり方などをめぐって情報交換するという。
だが日々の緊急事態の対応に追われているためか、それとも意識的に避けられているのか、日本では事故の全体像の把握が著しく遅れている。テレビその他の報道は、これまで原発を推進してきたグループ(学者も含めて)がメディアを独占しているせいか、「現時点では大丈夫、危険な状態ではない」といったメッセージが毎日繰り返し流されている。にもかかわらず、肝心の事故の性格や程度がいっこうにはっきりしないのである。
海外メディアとの情報ギャップ
しかし、海外メディアから伝えられる福島原発の状況はかなり深刻だ。フランス原子力安全局は、今回の福島原発事故の国際的な危機レベルを「チェルノブイリ(レベル7)」と「スリーマイル島(レベル5)」の中間値すなわち「レベル6の重大事故」に相当するとみている。これに関連して、フランスの環境大臣は「日本は核カタストロフィーに近づいている」と語り、エネルギー大臣も「福島原発事故は最悪のシナリオだ」と述べたという(3月16日、AFP通信)。
アメリカでも日本政府や東京電力の情報管理に対する不信が高まり、「民間(東京電力)が情報を管理しており、一般市民を誤った方向へ導いている」、「(日本政府の)会見は具体性がなく、何が進行しているか理解できない」などと厳しく批判している(3月16日、CNNニュース、朝日)。
その結果、アメリカ政府は3月16日に独自の判断に踏み切り、ルース駐日大使名で福島原発から半径80キロメートル以内に住む米国人に退避を勧告し、同地域に米兵が立ち入ることを禁じた。各国の駐日大使館も日本に滞在する自国民の帰国を勧告し、外交官家族を日本から一時退避させはじめた。日本に駐屯部隊を持つアメリカ軍も軍人家族の帰国を促し、場合によっては軍隊の退避も準備しているという(3月16日、各紙)。また直近の情報によれば、米原子力規制委員会元委員長は、1979年のスリーマイル島原発事故に比べて現在の福島原発事故の状況は「深刻」であり、「チェルノブイリの規模に発展しないように本当に願う」と強調したという(日経、3月19日)。
海外メディアと日本国内のこれほどの「情報ギャップ」を目の当たりにするとき、そうは考えたくはないが“原発カタストロフィー”(破局的大災害)の可能性さえ想像してしまう。事態はそれほどまで危機的なのに、東京電力や日本政府は本当のことを語っていないのではないかとつい考えてしまうからだ。毎日膨大な被災情報が流れているにもかかわらず、肝心の情報が伝えられないことに、被災者や国民は言い知れぬ不安を感じているのである。

経団連会長発言と緊急アピール
 そんな折も折、北海道新聞(3月17日付)は、米倉経団連会長が3月16日の東京都内の記者会見で福島原発事故に触れ、「千年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と東京電力を擁護したことを報じた。また米倉会長は「原発事故は徐々に収束の方向に向かっている」との認識を示し、「原子力行政が曲がり角に来ているとは思っていない」、「政府は不安感を起こさないよう、正確な情報を提供してほしい」とも発言したという。
 この日の記者会見は、経団連が同日発表した『未曾有の震災からの早期復旧に向けた緊急アピール』に付随して行われたもので、北海道新聞記事をメルマガで知った私は各紙の記事を目を皿のようにして調べてみたのだが、日経は小さなコラム記事、朝日はさらに小さいベタ記事で、しかも肝心の原発発言の部分はカットされていた。本来なら一面トップで批判されるべき経団連会長の発言が一言も報じられないという驚くべき状況が、いままさに日本の世論を支配しているかと思うと背筋が寒くなる。また日本のマスメディアはここまで経団連に対して弱腰なのかと思うと、情報を管理しているのは実はマスメディアなのではないかとさえ思えてくる。
 それにしても日本財界の総本山である経団連地震発生後1週間近くも経ってから「緊急アピール」と称して発表した声明は、読むのも恥ずかしいぐらいの無責任かつお粗末極まるものだった。経団連のアピールは「政府への要請」と「経済界の対応」の2つからなっている。前者は、どこにでもある出来合いの震災復興項目を並べたものにすぎないので論評にも値しないが、絶句したのは、東京電力社長が経団連副会長であるにもかかわらず今回の原発事故に対する国民への謝罪が一言もなかったこと、そして「経済界の対応」が僅か3行という恐るべき貧弱なものだったことだ。その内容たるや、以下の3項目ですべてなのである。

(1)義援金・寄附金、各種救援物資の拠出、被災地支援に携わるNPO
ボランティア等への協力(施設、物資、ノウハウ、情報の提供等)
(2)事業の継続・早期再開、安全行動の徹底
(3)節電への全面的協力(生産のシフト並びに、産業用、家庭用それぞれ
における適切な供給体制とそれへの対応)

 この程度のことが、経団連の「未曾有の震災からの早期復旧に向けた経済界の対応」の全てだとしたら、日本財界は要するに「未曾有の震災に対して何もしない」ことを被災者や国民に宣言しているに等しい。でも、世界の経済大国である日本の総資本が、未曾有の災害に遭遇している自国民に対してこれほど無責任かつ冷淡な態度をとることは、国民にとっても国際社会においても果たして許されるのだろうか。

予測される巨額の復興予算
 東日本大震災による被害総額は現時点では予測不可能だが、最近の民間調査機関の試算によれば、建物とインフラだけでも「最大で20兆円」(日経、3月17日)に達すると報道されている。この額は阪神淡路大震災の被害総額10兆円のほぼ2倍に相当し、今後、被災住民の生活破壊や被災地の経済活動への影響などを考えると数十兆円の規模に拡大してもおかしくない。事実、与党内でも「場合によっては数十兆円ということも出てくる。そうでないと生活や被災地域の再建は不可能だ」との声もある(朝日、3月17日)。
これまで経団連は、ことあるごとに法人税の値下げをはじめとして企業投資への数々な税制優遇措置を要求するなど「取れるものは取れ」との態度に徹してきた。そして今回のような「国難」に際してさえも政府には対策を要求するばかりで、みずからは企業としての社会的責任を毛ほども果たそうとしない。これでは、菅首相ならずとも「(東電と同じく大企業は)100%潰れますよ!」言いたくなるではないか。
一方、関西経済同友会は『東日本大震災に関する緊急アピール』(3月16日)において、これに輪をかけた「時限立法による災害復興支援税(仮称)を創設し、2年間ほど消費税に上乗せすること」まで主張している。まるで未曾有の災害に苦しんでいる「病人の布団を剥がす」のと同じ冷酷な仕打ちではないか。これでは、この国の資本家はすべからく「強欲資本主義の塊」だといわれても仕方がない。
 財務省の法人企業統計調査によると、2009年度末現在の企業利益剰余金(いわゆる企業埋蔵金)はすでに269兆円の巨額に達しており、1996年度末の145兆円と比べると、僅か10年余りで実に124兆円・86%も増加している。この間の国民1世帯当たりの平均所得(厚生労働省国民生活基礎調査)が、1994年の664万円から2008年の548万円へ116万円・17%も減少しているのだから、大企業は首切りと賃金カットで国民生活を踏みつけにしながら「一人勝ち」してきたわけだ。
また、日銀や金融機関がなけなしの庶民の預金利子を限りなくゼロ金利に近づけ、零細な預金者からこの間2百兆円を超える利子所得を奪い取ってきたことも記憶に新しい。財界・大企業の懐には、この大震災の復興資金を回せるだけの潤沢な資金があり余っているのである。

大企業利益剰余金の1割を復興資金に
 3月16日の株価大暴落と急速な円高進行にもみられるように、地震発生と同時に日本国内から外国投資マネーが一斉に逃避をはじめた。グローバル企業といわれる輸出関連の大企業株が軒並み「ストップ安」となり、日本の震災と原発事故に対する内外投資家の不安が極限にまで広がっている。これは財界が震災復興対策に正面から向き合わず、その社会的責任を放棄していることの反映だろう。
 しかし自国の未曾有の国難に振り向きもせず、国民を見殺しにしてまで利益追求と海外進出に血道を上げるような非人道的資本は、もはや国際社会のプレイヤーとしては受け入れられないような時代が到来している。国民の生命や健康を害するような企業が存続できないように、被災者の生活再建や被災地の地域復興に対して何一つ向き合うことなく、通り一遍の「緊急アピール」で済まそうとしているような非社会的存在は、国民からも国際社会からも「見捨てられても仕方がない」といわなければならない。
米倉経団連会長の原発援護(居直り)発言から僅か2日後の3月18日、経済産業相原子力安全・保安院は、福島第1原発1〜3号機の危機レベルをスリーマイル島原発事故と同じ「レベル5」に引き上げ、国際原子力機関IAEA)に届け出た。東電社長はこのことを「極めて重く受け止める」とコメントし、「このような事態に至ってしまったことは痛恨の極み』と謝罪した(日経、3月19日)。
財界は国民と国際社会をおそれなければならない。そして心ある経営者や財界人がもしいるとすれば、私の提言を真剣に考えてほしい。この未曽有の大災害に対しては、大企業の利益剰余金(内部保留積立金)の1割をとりあえず取り崩して復興資金に提供し、財界としてのせめてもの社会的責任を果たすべきだ。日銀の資金循環統計によれば、民間非金融法人企業(銀行など金融関係以外の民間企業)の預金残高は2009年度末で204兆円近くに達しており、20兆円程度の資金ならいつでも調達できる。また当面は法人税減税を返上し、アメリカへの「思いやり予算」を全額復興資金に回すなど、それこそ企業が国民のために存在することを「緊急アピール」してもいいのではないか。
 ●補注:財界は結局何も出さなかった。