“津波への恐怖”を前提にした住民アンケート調査 で「復興への民意」を把握できるか、岩手県山田町の復興計画を解剖する(3)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その10)

山田町の復興計画策定においては、その節目々々で行われる「住民懇談会」と「住民アンケート調査」が大きな役割を果たしている。被災者や住民の意見・要求を聴き、それを復興計画に反映させる有力な手法として両者がフルに活用されていることは喜ばしいことだ。

くわえて、懇談会やアンケート調査の結果が日を置かずして町広報やホームページで公開されていることも特筆に値する。これらの情報公開によって、個別自治体の被災実態や住民意見・要求の所在が当該住民はもとより全国に向かっても発信されることになり、多くの国民が情報を共有することが可能になる。復興への国民世論を喚起するうえで貴重な情報提供だといえる。

ただしかし、これまで数知れず「まちづくりアンケート調査」に携わってきた私の経験からすれば、やはり幾つかの問題を指摘しないわけにはいかない。最大の問題は、住民懇談会で出た意見や要求が必ずしもアンケート調査に反映されていないという点だ。

具体的に言うと、被災後の避難所で行われた住民懇談会(2011年5月)の『住民懇談会意見概要』においては、全体的な傾向として、「住民の最大の関心事は、10年後のまちづくりも大事だが、当面の生活再建(居住、職の確保)及び公的な支援(自力での再建は困難)が望まれている」ことが指摘されていた。また被災者にほぼ共通する認識は、「このまま以前のように住み続けることはできない」、「防潮堤のみで津波を防ぐのが困難」、「漁業施設は海沿いから離せない(浸水は割り切って考える)」に集約されていた。

ところが同時に配布された『山田町の復興に関するアンケート調査』では、14問中8問までが「今後の住まいとまちづくり」の質問で占められ(その他6問は世帯主属性や従前住宅など)、なかでも「今後はどこに住みたいですか」との質問が中心になっている。そして「1.津波の危険性があっても被災前の場所(自宅)に住みたい」、「2.これまでの同じ地区で高台などに住みたい」、「3.町内の他の地区で高台などに住みたい」、「4.その他(  )」の4つの回答のなかから、被災者が(否応なく)選択する仕組みになっているのである。

「今後(将来)はどこに住みたいですか」という質問は、確かに「10年後のまちづくり」にとって重要な項目であることは間違いない。しかし、当時の住民の最大の関心事が「当面の生活再建」と「公的な支援」に集中しているのであれば、被災直後の住民アンケート調査は、この点を中心にして質問票をつくってもよかった(すべきであった)。「今後(将来)」のことは、被災者の当面の生活再建が軌道に乗った段階でもよかったのである。

しかし当時の町役場(首長)の空気は、岩手日報の記事にもあるように、政府の復興構想会議で議論されていた「復興=まちづくり=高台移転」という図式に影響され、これを「住民の意向」としてまとめることが復興計画の早期実現につながるとの思いが強かったのであろう。いわば「高台移転」という結論が先にあり、その結論を導くために住民アンケート調査が行われたといっても過言ではない。

このことは「今後の住まいとまちづくり」に関する質問のなかに、「被災時にどこにいたか」「被災時にどのように避難したか」という津波災害時の避難行動(これは「今後」のことではなく「過去」のこと)に関する質問が含まれ、それとの関連で「津波から命を守るまちづくりを行うために重要だと思うことは何か」「今後の災害に備えて自分自身を守るために何をすべきか」など、津波から命を守るための質問が列挙されていることでもよくわかる。つまり、被災者の“津波への恐怖”を前提にアンケート項目が設計されているのである。

もう一度繰り返すが、「今後はどこに住みたいですか」との質問に対して用意された「1.津波の危険性があっても被災前の場所(自宅)に住みたい」という回答は、住民懇談会で出た「このまま以前のように住み続けることはできない」「防潮堤のみで津波を防ぐのが困難」という被災者の共通認識を反映していない。多くの人が「このまま以前のように住み続けることはできない」と考えている被災前の場所(自宅)に、あえて「津波の危険性があっても住みたい」との選択肢を用意することは、否定的回答を予期した“誘導質問”ともいうべきものであって、適切な方法とはいえない。

アンケート調査の最も大切な基本原則は、「何のために調査するのか」、「その結果をどのように活用するのか」という調査目的を実施前に明確にしておくことだ。この場合に関して言えば、調査目的は「当面の生活再建に関する被災者の民意を明らかにすること」(被災者ニーズの把握)、活用方法は「被災者が求める生活再建の具体策や優先順位を定めること」(政策決定への活用)になるだろう。住民懇談会で「住民の最大の関心事は、10年後のまちづくりも大事だが、当面の生活再建(居住、職の確保)及び公的な支援(自力での再建は困難)が望まれている」ことが、町自身のまとめによって指摘されているのだからなおさらのことだ。

とはいえ、アンケート調査結果は地元紙はもとより全国紙でも大々的に取り上げられ、復興計画の中心課題が「高台移転」にあるような雰囲気がつくられていった。結果は以下の通りである(有効回答数2713、100%)。
(1)「津波の危険性があっても、被災前の場所(自宅)に住みたい」423、15.6%
(2)「これまでと同じ地区で、高台などに住みたい」1267、46.7%
(3)「町内の他の地区で、高台などに住みたい」312、11.5%
(4)「その他」334、12.3%
(5)「無回答」377、13.9%

 津波への恐怖がまだ覚めやらないなかで行われたこの調査に対して、被災者が「安全な高台に住みたい」と考えるのはごく当然のことだ。だが、この回答は単なる「希望」であって、それが実現するために必要な諸条件を総合的に判断した上の回答だとはいえない。生活を再建していくプロセスや今後の生活設計の方向も考慮し、「被災前の場所」と「高台移転した場所」の得失を現実的に(客観的に)比較した上での判断だと言えないからだ。

 このアンケート調査に関しては、私はむしろ「高台移転」以外の回答を選択した人たちの数字に着目する。「無回答」「その他」26%、「被災以前の場所」16%、あわせて42%弱の人たちが「高台移転」を選択していない。この人たちの意見や要求をどう汲み取るかが、今後の復興計画の行方を占う大きなカギになる。(つづく)

付記、なお山田町の名誉のために付けくわえておくが、町のアンケート調査結果報告には837人の「自由意見」の概要が28頁にわたって記されている。有効回答2317人のうち36%にあたる837人が意見欄に記入したことは、この種のアンケート調査では驚異的な高率であり、そこに託された被災者の気持ちを知ることが出来る貴重なデータだ。この自由意見を収録した担当者の識見に敬意を表するとともに、もう少し時間をかけて内容を詳しく分析してみたい。