本当の復興の議論が始まるのは復興計画が決まってからだ、岩手県復興計画からの教訓と課題(4)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その17)

前回説明した山田町の「地区別復興計画行政素案」に対する住民アンケート結果は、「行政案のいずれかに賛成」50.1%、「よくわからない」27.1%、「その他」2.7%、「無回答」20.2%という内訳だった。この数字(だけ)をみると、山田町が住民合意のもとに復興計画の策定に至ったといってもおかしくない。少なくとも半数の世帯主が「行政素案のいずれかに賛成」しているのだから、“ゴーサイン”が出たと見ることもできる。しかし、アンケート調査の設問や回答選択肢を詳しく検討してみると、そこに幾つかの問題点を指摘しないわけにはいかない。

第1は、このアンケート調査項目はすべて「移転計画」を前提にして設計されており、提示された地区別復興計画案のなかには「現地復興」の提案は見られないことだ。また提示された計画案に対する回答選択肢のなかには、「反対」の回答が用意されていない。だから「行政案に反対」の意見を持つ世帯主は、調査に棄権するか「無回答」ということになる。

通常、計画案に対して賛否を問うときは、計画コンセプトが異なる複数の案を示して意見を求める方法が採られる。だが、今回のアンケート調査はそのような設問形式になっていない。もっともこの疑問に対しては、アンケート調査の設問は、事前に住民懇談会の意見を聴いた上で決めたことだという反論も成り立つだろう。しかし一定の方向性示す計画案の場合でも、やはり賛否の度合いを示す選択肢は欠かせない。たとえば、それぞれの案に対して「賛成」「どちらかといえば賛成」「どちらかといえば反対」「反対」などの選択肢が必要だ。

第2は、約半数の世帯主が「行政案のいずれかに賛成」しているといっても、それは全世帯主(7007人)からすれば僅か19.3%にすぎない。「その他」2.7%を除くと、実に全世帯主の78.0%の意見が「不明」なのであり、この事実は重く見なければならない。だから復興計画が策定されたといっても、それはあくまでも“スタート地点での結果”であって、これから本格的な議論がはじまると考えておく方が無難だろう。

第3は、世帯主をアンケート調査の回答者とすることの限界だ。今回の津波災害に対する捉え方は、男女差はもとより年代差も非常に大きいといわれている。同じ家族でありながら、それぞれの個人によって津波災害への感じ方が大きく異なることも珍しくない。まして「今後の居住」のことになると、男女差や年代差が一層大きくなることは容易に想像できる。個人によって生活設計が異なり、将来展望も異なるからだ。

世帯主を回答者とする調査方法は、世帯がまとまった家族集団として存在していた時代には有効な方法だった。しかし世帯分離が相次ぎ、個人が「今後の居住」を考える主体になってくると、たとえ世帯主に回答を求めても、それは世帯主個人の意見であって必ずしも家族の意見を代表するとは限らない。

まして今回のアンケート調査の場合は60歳以上の世帯主が6割を占めていて、それ以下の世代は僅か4割にすぎない。復興計画が明日にでも実現するのであればまだしも、住民はこれから中長期にわたる復興プロセスを歩まなければならない以上、これら高齢者の意見だけで「今後の居住」のあり方を決められると思う方がおかしいのではないか。

むしろ必要なのは、男女、世代ごとに丹念な「ヒアリング(聞き取り)調査」や「ケーススタディ」(事例調査)だろう。それぞれの世代のニーズの質的な違いを把握し、それに沿って復興のあり方や「今後の居住」を考える方がはるかに有益な情報が得られる。形ばかりのアンケート調査は、かえって行政の判断を誤らせることもあることを十分に理解してほしい。

おそらく、復興計画が決まってから本格的な議論が始まるのであろう。被災した世帯主の希望する「今後住みたい場所」は、「被災前と同じ場所」(現地復興)25.7%、「被災前と同じ地区」(高台移転)46.0%が代表的な意見だ。しかし現地復興するにせよ高台移転するにせよ、不安に思うこと(複数回答)は「資金の確保」50.6%であり、「土地の確保」41.5である。そしてこの条件をクリアできなければ、“希望と現実”のギャップを埋めることができない。

そんな事態に直面したとき、復興計画はいかなる役割を果たすのだろうか。「計画が決まっているから」として計画通りに強行し、それにそぐわない住民は振り捨てられるのだろうか。それとも行政が計画の限界を認め、住民の現実と実態に即して柔軟に対応するのであろうか。いずれにしても被災自治体の復興計画は、遠からずその日を迎えるに違いない。

「安全の確保」に支えられ「暮らしの再建」と「なりわいの再生」を掲げる岩手県の復興計画は、これから真価が試されるときがやってくるだろう。そしてその真価は、「計画通り」に実行する手腕ではなく、現実に即して「計画を変更できる」行政の柔軟さと度量にかかっているといってよい。その意味で、「非居住区域」と「高台移転」がこれからどのような経緯(運命)を辿るかが、岩手県や山田町の復興計画の命運を分けるといっても過言ではないだろう。

●次回から「宮城県の場合」を書くつもりですが、準備のため10日間ほど日記は休みます。5月20日前後から再開します。