日本創生会議の人口推計方法は果たして妥当なのか、人口統計を意図的に操作すると「大うそ」になる、日本創生会議の「人口急減社会=地方消滅論」を批判する(その2)

民間の日本創生会議(座長・増田寛也総務相)が発表した『提言、ストップ・人口急減社会』(中央公論2014年6月号、以下「増田提言」という)が猛威を振っている。全国1800市区町村(政令市の行政区を含む)の約半数に当たる896自治体で、子どもを産む世代である20〜39歳の「若年女性人口」が2010年からの30年間で5割以上減るなどと勝手に推計し、これら自治体を失礼にも「消滅可能性都市」などと名指ししているからだ。とりわけ2040年時点で若年女性が50%以上減り、かつ人口が1万人以下になる523市町村(これも勝手に推計した)などは「壊死(えし)する地方都市」とまで命名する有様だ。当該住民はもとより自治体関係者もさぞかし深刻な打撃を受けていることだろう。

政府や民間機関などによる「人口減少・自治体消滅」プロバガンダ(特定の世論へ誘導する政治的意図を持った宣伝行為=政策キャンペーン)が堰を切ったように始まったのは、今年5月からのことだ。これら一連のプロパガンダについては、来年4月の統一地方選対策の一環にすぎないという人もいるが、私の見解は少し違う。プロパガンダの重点が2050年問題すなわち30数年後の人口減少問題に集中していることをみれば、政府の標的はむしろ「ポスト平成大合併」を睨んだ国土・自治体の再編成、すなわち道州制導入までを視野に入れた国民世論の形成(誘導)に置かれていると思うのだ。またアベノミクスの影響で地方経済が不振に陥っていることから、地方の人口減少問題を前面に出して責任転嫁を図ろうとする意図も垣間見える。
 
 日本の人口減少問題は早くから指摘されていたにもかかわらず、なぜいまプロパガンダの対象になるのか、その政治的背景を考えてみる必要がある。1人の女性が生涯に産む子ども数(合計特殊出生率)が人口置き換え水準の2.1人(正確には2.07人)を割ったのは、いまから40年もの前の1975年(第1次石油ショックの翌々年)のことだ。それまで概ね2.1人以上の水準を維持してきた生涯子ども数が石油ショックを契機に一挙に1.9人に減り、以降、多少の凸凹はあるが80年代は1.7人、90年代は1.5人、そして21世紀に入ってからは1.4人と減少が止まらなくなったのである。

 1人の女性が生涯1.4人の子どもしか産まないという現実がどれほど深刻なものか――、これはごく普通の人でもわかることだ。親の世代から子どもの世代へ人口が安定的に継承されていくためには、1人の女性が2.1人以上の子どもを産む必要がある。日本の現在水準1.4人は人口再生産に必要な2.1人の3分の2でしかないから、このままでいくと世代が代わるごとに(約30年サイクル)人口の3分の1が失われていく勘定になる。こんな危機的状況をいままで為すところなく放置しておきながら、いまなぜ突然騒ぎ立てるのか私には不思議でならない。

 人口減少とは、いうまでもなく日本の総人口が絶対的に減少していくことだ。日本で国勢調査が始まったのは1920(大正9)年、当時の総人口は現在の半分弱の5千600万人だった。それ以来、第2次世界大戦の戦禍による人口減を除いて日本の総人口は右肩上がりで増え続け、高度成長期の最中(さなか)の1967年には1億人を突破した。ところが21世紀に入ると人口はほとんど増えなくなり、2010年の1億2800万人をピークに史上初めての本格的な人口減少が始まったのである。最も権威のある人口推計とされる国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の2012年1月推計によれば、日本の総人口は2050年に1億人を割って9千700万人に落ち込み、2100年には5千万人を下回るとされている。これだけ明白な危機的状況(将来人口減少)を突きつけられていながら、時の政権はこれまで何ひとつ動こうとしてこなかったのである。

「増田提言」すなわち「ストップ・人口急減社会」は話題になるだけあって幾つかの「曲球」(くせだま)が仕込まれている。第1は、出生率の決め手になる若年女性人口の推計を行い、若年女性人口が今後30年で半減する市区町村名を具体的に公表したことだ。しかも、それだけではない。2010年と40年の20〜39歳の女性人数を具体的に挙げ、たとえば奈良県吉野郡川上村の場合は73人が8人に(9割減)、京都府相楽郡南山城村の場合は244人が42人に(8割減)なるという推計値まで公表している。お互いの顔が見えるほどの小さな村のことだから、ここまで厳しい数字を出されるとその衝撃度は決して小さくない。増田提言の影響は、「恐怖感」と言ってもいいくらいの宣伝効果をともなっていま全国津々浦々に広がっているのである。

だが、増田提言の若年女性人口の推計方法には大きな「カラクリ」が隠されている。それは人口推計の基本である「どれだけ女性が生まれてくるか」(男女別出生率)と「どれだけ女性が残るか」(男女年齢別純移動率)のうち、後者の純移動率(流出率)が今後の30年間においてもこれまでと変わらないと仮定していることだ。しかもその理由が振るっている。「大都市圏(特に東京圏)への人口流入は、地方と大都市圏との所得格差や雇用情勢と密接に関連している」、「その点で将来的には地方と大都市圏の経済雇用に関する格差が縮小していくシナリオは期待しがたい」、「したがって、大都市圏への人口流入は止まらない」というのである。

増田提言の主旨は、後述するように「ストップ少子化・地方元気戦略」を実現することにあるはずだ。このため2つの基本目標が掲げられていて、第1目標が「国民の『希望出生率』を実現する」、第2目標が「地方から大都市へ若者が流出する『人の流れ』を変え、『東京一極集中』に歯止めをかける」となっている。もしこの基本目標を本気で実現しようと考えているのであれば、「地方と大都市圏の格差が縮小していくシナリオは期待しがたい」、「大都市圏への人口流入は止まらない」といった人口推計の仮定自体が自家撞着となって撤回しなければならない。前半では「若年女性人口の流出は止まらない」と言っておきながら、後半では「地方から大都市へ若者が流出する人の流れを変える」といった提言をするのは、自己矛盾以外の何ものでもないからだ。

一方、社人研の「全国市区町村別将来人口、2013年3月推計」の方は妥当な仮定を置いている。「市区町村別・男女年齢別の純移動率は一時的な要因によって大きく変化することがあるため、一定の規則性をみいだすことが難しい」としながらも、2000年以降の住民基本台帳人口移動報告をみると、転入超過数の地域差は2007年をピークとして縮小傾向にあるので、「2005〜2010年に観察された市区町村別・男女年齢別純移動率を2015〜2020年にかけて定率で縮小させ、それ以降の期間については縮小させた値を一定とする仮定を置いた」としている。つまり、地方から大都市圏への移動率は今後次第に沈静化する方向にあるので、これまでのようなスピードで人口流出は続かないと判断しているのである。

増田提言も社人研の仮定を否定していない(できない)。そして社人研の仮定にもとづいて推計すると、2010年から40年にかけての30年間で若年女性人口が5割以上減少する市区町村数は、896(全体の50%)から373(21%)へと全自治体の2割程度になり、2040年時点で人口が1万人を切る小規模市町村も523(29%)から243(14%)へ全体の7分の1になることを認めている。つまり社人研の推計方法に依拠すれば、8割の地方都市が30年後も「消滅しない都市」となって、増田提言のいう「壊死する地方都市」や「消滅可能性都市」などといった誇大宣伝は通用しなくなるのである。(つづく)