阪神・淡路大震災20年において、神戸市がいまなすべきことは新長田南地区再開発事業と神戸空港建設事業の歴史的検証だ、神戸市議会に復興事業の調査・検証に関する第三者委員会の設置を提案する、阪神・淡路大震災20年を迎えて(その29)

 「阪神・淡路大震災20年シリーズ」を書いてきてつくづく思うことは、20年という長い時間が復興事業の表面を洗い流すことで、当初は見えなかった内部構造が否応なく露出してきていることだ。勿論、見る人の目の付け所によって見えるものは違うが、神戸市政の根幹に関わるビッグプロジェクトとしては新長田再開発事業と神戸空港建設事業を外すわけには行かないだろう。

 この2大復興事業は、その事業コンセプトといい、事業規模(予算規模)といい、いずれも開発主義神戸の双璧をなす復興事業であり、またそうであるがゆえに都市経営面では最大の失敗例となった事業でもある。しかし市当局がこれまでこれら復興事業の誤りを認めたこともなければ、本格的な検証作業を行ったことも寡聞にして知らない。これだけ明々白々な結果が出ているというのに、いまだその事実を認めようとしないのは、福島原発災害における東京電力の態度にも匹敵するものがある。

 福島原発災害は、その災害の深刻さや長期にわたる放射能汚染への懸念もあって数々の検証委員会が組織された。その代表的なものは、内閣に設置された「政府事故調」、国会に設置された「国会事故調」、民間組織が立ち上げた「民間事故調」の3つである。それぞれ設置趣旨も構成メンバーも異なるので一概には言えないが、共通する特徴は政府や国会から独立した第三者委員会であること、委員長以下各メンバーが「国民の目線に立って開かれた中立的な立場から多角的に」(政府事故調設置趣旨)原発災害の原因究明に当たったことだ。

なかでも国会事故調の黒川清委員長は、「国民の、国民による、国民のための調査を行いたい。世界の中での日本の信頼を立て直したい」と述べ、何よりも国民・被災者の立場に立つ姿勢を強調した。以降、事故調査、被害調査、政策調査と政策提言の4つの作業部会を設けて精力的に調査・検証を行い、「事故は自然災害ではなく明らかに人災」とする報告書を提出したことはつとに知られている。

新長田再開発事業および神戸空港建設に関する調査・検証は、神戸市自身が事業執行者であるだけにことさら難しい要素を含んでいる。福島原発災害の場合は、政府(経済産業省科学技術庁原子力保安院など)も共同責任を負わねばならない立場(共犯関係)にありながら東京電力(だけ)を標的にしたが、神戸市の場合は自らが決定し実行した事業であるだけに逃げることができない。まして「市役所一家」のことだ。市当局はもとより市議会も加担しての事業だから、自らの手で自分の身体を解剖するようなことなどしたくないだろう。

にもかかわらず、神戸市が震災20年を単なる「追悼式」だけで終わらせるのは余りにもお粗末すぎる。このまま復興事業の失敗に頬被りして事態の進展(悪化)を見過ごし、また当局の小手先の弥縫策で「事足れり」とするのでは、市民の付託に到底応えたことにはならないないだろう。新長田再開発地区が「巨大なゴーストタウン」になり、神戸空港が「廃港」になってからではもう遅いのである。

福島原発災害国会事故調の黒川委員長が示したように、神戸市議会はいまこそ復興事業の「市民の、市民による、市民のための調査・検証」に立ち上がるべきだ。そして政府事故調の方針にもあるように「市民の目線」に立ち、「開かれた中立的な立場」で「多角的」に復興事業の調査・検証に当たる権威ある第三者委員会を組織すべきだと思う。

しかし間違ってもしてはならないことは、第三者委員会のなかにこれまで神戸市政に関わってきた「学識経験者」をまたぞろ含めることだ。第三者委員会は神戸市政から独立してはじめて「第三者委員会」と言えるのであって、当事者の息の掛かった人物が加われば検証の実を挙げることができないからだ(2度あることは3度ある)。

それにしても果たしてこのようなことが可能なのか、それとも「話しにならない」のか、市議会の様子がわからない私には判断できない。もし市議会内部から話が持ち上がるようであればそれでもいいし、全く無視されるのであれば、「復興事業の調査・検証を行う第三者委員会の設置」を求める条例制定直接請求署名運動を起すことも考えられる。いずれにしても神戸市民が考えて決めることだから、これ以上言わない。でも、震災20年を契機にして一度議論してもよいと思うがどうだろうか。(つづく)