2021年の〝恐縮〟な新年を迎えて、それでも為すべきことが多い、菅内閣と野党共闘の行方(16)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その241)

 

 新年はおめでたいものだと相場が決まっている。暮れには「よいお年を」と言って仕事を終え、年明けには「明けましておめでとう」と挨拶をかわす。そして、元旦には年賀状を読む...。これが日本人の平均的な姿であり、私も成人してからそうしてきた。しかし、ここ数年(正確には10年近く前から)、新年を迎えるのが少しずつ辛くなってきた。最大の理由は、自分が年賀状を欠礼しているのに、多くの方から年賀状をいただく〝恐縮〟状態が続いているからだ。

 

 現役時代は年賀状を沢山書いていた。数百通に及ぶことも珍しくはなかった。親しい友人には新年の抱負を語り、年来の知人には無事を確かめ合う意味で書くことが喜びだった。ところが、あるときからこれが苦痛になってきたのである。師走になると大量の年賀状を買い込み、毎日書かなければこれだけの数は消化できない。もともと筆不精の私が「年賀状だけは」と思って頑張ってきたのが、遂に限界が来たのだった。

 

 賢明な友人たちは既にパソコンで省力化していたが、私はどうしても表裏すべてがプリントされている賀状には抵抗感があり、どこかに自分の下手な字を記すことにこだわった。それが原因で段々と指や手首が動きにくくなり、遂には「ギブアップ宣言」する羽目になった。そこで、ある年の賀状にこれまでのお礼を述べ、来年からの賀状は欠礼すると非礼を詫びたのだが、事態はこれで収まらなかった。それ以降も(数は減ったが)毎年、年賀状が届くのである。

 

 嬉しくもあり、懐かしくもある。しかし、それ以上に「申しわけない」との気持ちの方が大きい。ならば、返礼すればいいではないかとも思うが、選別するわけにはいかない。全部返礼するとなると、ふたたび以前のような状態に陥る。これはもう自分の体力(気力も)からして不可能だ。だが、いただいた賀状は全てとってある。自分が物理的に存在しなくなった時のためだ。家人の誰かに委ねるしかないが、「年来のご無沙汰」をお詫びするためにも、最後の返礼だけは果たすつもりでいる。

 

 それからもう一つ、新年になるたびに決断を迫られることがある。こちらの方は「憂鬱」と言う方がふさわしいが、積もり積もった蔵書の始末をどうするかという大問題だ。現役を退いてからすでに軽トラ3台分ぐらいの雑誌や資料は整理してきたが、どこかで言うように「断捨離!」とはいかない。研究者の端くれである私にとって蔵書は切り離しがたい分身であり、それを始末することは「身を切る」のと同じぐらい辛いことだからである。

 

 そこで、年末から物置(書庫)に入って整理を始めたが、気持ちの整理がつかないので作業が一向に進まない。それでも、毎日回ってくる古紙回収のオジサンのためにも何らかの成果を出さなければならないので、泣く泣く段ボール10数箱ぐらいは整理した。だが、そのうち寒さとストレスで身体が動かなくなり、それを口実にして作業を中止した。

 

 でも、収穫がなかったわけではない。ここ10数年ほどは3年に一度ぐらい著書を出してきたが、関連する資料が山積みになっていたのを何とかテーマごとに大分けして、物置と書斎に分類することができた。家人は、私が居なくなった時は躊躇なく「葬儀屋の前に古紙回収のオジサンに電話する!」と言っているので、このような事態を回避するためにも、また次のテーマに取り掛かるためにも、一定の整理作業は不可欠のプロセスだったのである。

 

 2021年の今年は、大きな課題が待ち構えている。神戸市では阪神淡路大震災から26年目の今年、新長田駅前再開発事業の検証報告書を1月に公表する。私は4年前に神戸の友人3人と一緒に『神戸百年の大計と未来』(晃洋書房)を出版して、この大艦巨砲主義の再開発事業は「日本の都市計画史上最大の失敗だ」だと評価したが、神戸市の報告書ではどうなることか、誰も責任を取らない方向で報告書がまとめられることになっているらしい。

 

 神戸ではすでに「神戸市の検証報告書を検証する市民研究会」(仮称)を立ち上げる準備が進んでおり、1960年代末から神戸のまちづくりに関わってきた私は、人生の総仕上げのひとつとして研究会に参加するつもりでいる。神戸の都市計画・まちづくりに関わった数多くの研究者の中にも、1人ぐらいは市当局の意のままにならない気骨ある学者がいることを証明したい――と思うからである。

 

 一方、京都市ではコロナ禍で瀕死の状態にある観光を立て直すため、「京都観光振興計画2025」の審議会が開かれ、2月には答申が出されることになっている。京都では『ねっとわーく京都』というNPО法人が発行する辛口の月刊誌があり、私は自称コラムニストとして2011年以来、毎月論説めいたコラムを120回近く書いてきた。だが残念なことに、同誌は今年3月に休刊になるということなので、今後は別の場所でコメントする機会をつくらなければならない。

 

 そんなこともあって、昨年10月には同誌掲載の3年半のコラムをまとめた『観光立国政策と観光都市京都』(文理閣)を出版した。反響は「イマイチ」だと言うが、読むべき人は読んでいるらしい。こちらの方は、拙ブログでもこれから系統的に追いかけて論評を加え、次期が来れば『続編』を出版したいと考えている。年は変わったが情勢は変わらない。何とかに「水」といったことには気にしないで、今年も老体に鞭を打って頑張りたいと決意している。(つづく)