小選挙区制の劇薬効果に驚愕した21世紀臨調、(麻生辞任解散劇、その28)

 民主党への「政権交代」が実現した総選挙結果について、いまなお各方面からの洪水のような論評が連日続いている。一体誰の論評を参考にしてよいか、迷われる読者の方々も多いことだろう。私とてその中のひとりであることには間違いないが、9月3日に「緊急提言」と称して行われた「21世紀臨調」の記者会見の内容が気になった。

 21世紀臨調とは「新しい日本をつくる国民会議」の通称で、「政治を変え、日本を変える」ために活動している「民間団体」である。だが、その構成メンバーを見れば、「国家権力の代表選手の集まり」であることが一目でわかる。いわば民間団体の体裁を装った「国家権力の広報機関」なのである。

 だが21世紀臨調は、「共同代表」として元東大総長の佐々木 毅氏(政治学)、元東大法学部長の西尾勝氏(行政学)、 前三重県知事の北川正恭氏など、学者や地方自治体の元首長を「表向きの看板」として起用していることもあって、その実態は国民にあまり知られていない。特別顧問や顧問会議には、前日本経団連会長の奥田碩氏をはじめとして財界団体の現役幹部が顔を揃え、おまけに連合事務局長や朝日新聞社主筆までが加わっているという「超豪華メンバー」であるにもかかわらずである。

 東大総長といえば、吉田茂首相に「曲学阿世」と罵られても、断固として「全面講和」の主張を曲げなかった南原繁氏を思い出す。南原氏は、最近の出版においても「平和と民主主義,学問の自由を守るために闘い続けた南原繁」と評価され、南原氏の言葉を受け継ぎ,憲法9条靖国問題などを取り上げながら,これからの日本の民主主義を守っていこうとする多くの人たちを励ましている。

 しかし、いまどきの東大総長や法学部長の言動は「南原は遥かに遠くになりにけり」というもので、もはや昔の学者らしい面影はどこを探しても見つからない。とりわけ佐々木氏は小選挙区制の急進的推進論者として、西尾氏は小泉政権のもとでの強権的地方分権推進論者として、そして北川氏はマスメディアに乗った「マニフェスト選挙」の提唱者として、日本政治の第一線で体制側のイデオローグとして大活躍をしてきた人たちである。

 その人たちが中心になって(祭り上げられて)21世紀臨調を結成し、小選挙区制を通して保守二大政党制を実現するために頑張ってきたのだから、今回の総選挙の結果については嬉しくないはずがない。事実、『政権交代後の日本政治と与党民主党、野党自民党の課題』と題する9月3日の緊急提言は、以下のように手放しで選挙結果の意義を礼賛している(要旨)。

 「日本の政治史に長く記憶される今回の総選挙において、有権者は断固として「政権交代」という政党政治における最も強力な手段の引き金を引いた。「政権交代は起こらない」という戦後政治の最大の神話は崩壊し、「目的としての政権交代」は実現した。これによって今後の政党政治は、政権交代を手段として使う新たなイノベーションの段階に入った。これが今回の総選挙の最大の意味である。この政権交代の過程を通して日本における二大政党制が姿を現したことは間違いない。それは政党政治家たちのみならず、広範な国民の中に基礎を置いたものとなった。この点で民主党の功績は極めて大きなものがある。」

 つまり佐々木氏らは、議会制民主主義の基本である「民意が議席にどれだけ反映したか」という選挙制度の大原則を無視して、「目的としての政権交代」という言葉にも象徴されるように、ただ保守二大政党間の政権交代をスムーズに行うために、その最も効果的な手段である小選挙区制の実現に最大の精力を傾けてきたのである。

 だが緊急提言の一節には、新聞各紙がほとんど関心を持たなかった(報道しなかった)次のような言葉がある。「比例代表選挙が小選挙区制効果による議席の激変に一体の緩和効果をもたらしていることについても注目する必要がある。たとえば2005年の総選挙が小選挙区制だけで行われていたとしたら、民主党衆議院における議席の規模が小さすぎるために、衆議院における与野党の論戦が成立しえなかったと想像できるからである。その意味で、衆議院選挙制度に関して民主党自民党がともに定数削減を唱えているが、有効な政党間競争の観点からは慎重な対応が求められる。」

 この部分は、民主・自民両党が比例代表制の定数削減を選挙公約として打ち出していることへの再考を求めたものであり、財界の意向を代弁したものとして注目される。とりわけ財界は、今回の総選挙についてはほとんど何も語っていないので、その代弁者としての21世紀臨調が「緊急提言」としてその意向を表明したものとみなせるからである。

 なぜ日本の支配体制が「比例代表制の定数削減」に対して慎重になるのであろうか。それは少数政党に対する配慮というよりは(言葉の上ではそういっているが)、自民党がこのままでは「健全野党」として存続することができず、次回の総選挙での比例代表定数の削減は「自民党の壊滅」につながる可能性が十分にあるからである。事実、今回の総選挙においても、自民党の派閥領袖の多くが比例代表制の重複立候補で救済され、この「保険」をかけなかった公明党幹部はことごとく落選した。

 また「緊急提言」が言うごとく、もし2005年総選挙が単純小選挙区制で実施されていたとしたら、今回のように「民主党への振り子原理」は働かず、自民党の腐敗は財界支配体制の崩壊に直結する恐れがあったかもしれない。単純小選挙区制は独裁政権の登場と崩壊を同時に用意するという「劇薬効果」を持っているのであって、財界といえどもその「副作用」あるいは「正作用」を無視することはできなかったのである。

 しかるに日曜日夜のNHKテレビ討論会では、民主党の岡田幹事長は「比例代表併用制は少数政党に振り回される恐れがある」として、その定数削減を撤回する意思がないことを言明している。そして少数政党の社民党国民新党は「民主党比例代表制定数削減公約」を棚上げにして、民主党と連立を組むべく日夜協議を続けているのである。「自分を抹殺する」ことを公然と掲げている相手(政敵)と手を組むことなど、政党としての正常な感覚があればあり得ないが、こんな矛盾に満ちた事態が現実として進行しているのだから、政界というところは不思議なところだという他はない。

 しかしもし民主党が本気で比例代表制定数の削減に乗り出すとしたら、そのとき社民党国民新党はどうするのであろうか。連立を解消して少数単独政党に戻るのか、それともかって社会党が「首相」と「衆議院議長」のポストで自民党に買収されて連立政権を組み、その後「消滅の道」をたどったのと同じ道を歩むのであろうか。「政権交代」にともなう「ユーホリア状況」(陶酔状態)に惑わされず、21世紀臨調の提起した「緊急提言」の意味を与党も野党も真剣に考えてみるときである。