下半身を引き裂かれたオール与党体制、(堺市長選と神戸市長選はどうなる、その2)

 昨日9月27日に実施された堺市長選において、自民、公明、民主、社民各党が支援する「オール与党候補」の現職を破って、橋下大阪府知事の支援する元府部長、竹山氏が当選した。投票総数29.2万票のうち13.6万票(46.6%)を獲得し、次点の現職候補8.9万票(30.4%)に大差をつけての圧勝である。

 選挙運動期間中の予測では、「ひょっとするとひょっとするかも知れない」といわれてきたが、正直言ってここまで大差がつくとは思わなかった。前回の市長選に比べて投票率が11.5%もアップしたのがその原因だろう。前回の2005年市長選では、現職候補は8.97万票を獲得して当選しているので、今回の得票数8.90万票は前回とほとんど変わらない。つまり現職候補は「オール与党」の基礎票は確保しているのである。

 にもかかわらず現職が「橋下代理人候補」に敗れたということは、上昇した投票率分がそっくりそのまま対立候補に流れたということだ。首長選挙ではないが、総選挙前の東京都議選投票率の上昇分がすべて民主党に流れて自民党が大敗したのとまったく同じ構図である。これはいわゆる「棒杭現象」といわれるもので、棒杭の高さは変わらないのだが、水位が高くなると水面下に埋没してしまう現象が起こったということだ。

 これまで「オール与党体制」は、とりわけ首長選挙でその威力を発揮してきた。唯一人を選ぶ首長選挙だから、議会多数派を構成する与党各派が互いに連合を組むと、もうそれだけで事実上の勝敗が決まってしまう。自民党はそのためにこそ与党各派に対して日頃から小まめに利益配分政治を講じてきたのである。そうなると有権者も「勝負あった」ということで、選挙に関心を失い、投票に行かなくなる。投票率は年々低下し、選挙は形式的な信任投票となって形骸化する。これが自民党政権のもとでの地方首長選挙の実態だった。

 堺市議会においても、今回の市長選で現職を押した「オール与党会派」は議席数で8割を占める。これだけの勢力があれば、誰もが現職の勝利を疑うことがない。事実、「橋下代理人候補」が参入するまではそうだった。ところが直前の総選挙で政権交代が起こり、自民党公明党が惨敗するに及んで、有権者の間に明らかな変化が起こったのである。

 現場で橋下氏の応援演説を聞いた堺市民の話によると、彼の演説は、政策のことも候補者のこともほとんど触れなかった。ただ「オール与党の相乗り」をもっぱら批判するものだったという。ついこの前の総選挙で真正面から対立したはずの政党が、直後の市長選では挙って現職候補に「相乗り」をする。「これがおかしいとは思いませんか!」、「こんな有権者を馬鹿にした話はないではないですか!」、「これでは談合政治ではありませんか!」、「こんなことを許していいのですか!」とたたみかけたというのである。

 このことに限れば、これはまさしく正論だ。これまでの有権者であれば、「そんなことを言っても世の中は変わらないよ」とそっぽ向いたことであろうが、しかし今回の選挙の雰囲気は明らかに違っていた。「けしからん。その通り!」という聴衆の反応が随所で見られたというのである。新聞によっては「橋下劇場、民意つかむ」「現職陣営、想定超えた風」(読売)、「「橋下劇場」堺に突風」(朝日)とかの見出しを付けているが、この雰囲気は「小泉劇場」とは明らかに質的に異なるものだ。つまり、橋下氏本人の意向はともかく、民意の受け取り方は単なるデマゴギーに踊らされたものではなかったということなのである。

 橋下氏が自分の部下を当選させたことで、知事に対立する首長は今後「刺客」を送り込まれかねないといった類の論評が目下しきりに行われている。確かにそんな「恐怖政治」の匂いがしないでもないが、私はそれよりも「オール与党体制」の欺瞞性に断を下した有権者の動向に注目したい。これまでは表向き異なる政党に所属しながら、「下半身は一体化」していた(うまい汁を共に吸ってきた)地方議員たちは、もはや堺市長選を契機にして今後はゴマカシがきかなくなったということなのである。

 今回の堺市長選挙は、とりわけ今後の大都市圏自治体の首長選挙に大きな影響を与えるだろう。たとえば、真近に迫った神戸市長選においては、戦後半世紀以上にわたって助役上がりの市長を「オール与党」で支える市政が一貫して続いてきた。この「オール神戸方式」は市労連を中核とする労働戦線を基盤にした強固なもので、神戸の政治経済はもとより地域社会の隅ずみまでも支配してきた強力な支配機構である。事実、神戸市政を批判する市民はあらゆる公的な場から排除され、それに迎合する勢力だけがそのおこぼれにあずかってきたのである。

 だが今回の神戸市長選は違う。すでに万全の出馬態勢を整えているはずの現職陣営が、いまだに政党推薦も政党支持も確定できないという状況に追い込まれている。聞くところによれば、従来の自民、公明、民主、民社推薦の「オール与党体制」は民主党本部の承認が得られそうにないので、自民と公明が表向き「自主投票」の体裁をとり、民主党の推薦を得てから実質的な選挙体制を組むという「偽装選挙体制」まで考えているのだという。

 しかし国民がもう自民党にすっかり愛想を尽かしているように、神戸市民は「助役上がりの市長」にトコトン愛想を尽かしているのであって、このような時代趨勢を読めないのは、うまい汁を失いたくない「オール与党」の連中だけになってしまっている。どのような対立候補になるにせよ、また橋下知事をはじめとする「首長連合」がどう介入するにせよ、もはや現職候補の命運は尽きたというべきであり、それが堺市長選から学ぶ教訓なのである。