憂鬱な2010年の幕開け、(トリックスター、橋下知事の詭弁)

新年といえば、いにしえから清々しいものと決まっている。旧年中の嫌なことはすべて忘れて、新しい年を迎える気持ちになるためだ。時間は無限であり、昨日と今日は何の変化もないが、人類は暦を定めることでその節目を見いだしてきた。悠久の時間をヒューマンスケールの尺度に変えるための偉大なる知恵であり、仕組みである。

 まして今年は、一段とフレッシュな新年になるはずだった。戦後政治の「宿痾」(しゅくあ、業病)ともいうべき自公政権が倒れて政権交代が実現したのだから、もっと晴々しい気持ちになって然るべきなのだ。だが、新年になってからもう10日も経つというのに、日記を書く意欲がなかなか湧いてこない。とにかく「気分が憂鬱」なのである。

 原因ははっきりしている。昨年暮れから報道され続けてきた鳩山・小沢民主党両首脳の「政治とカネ」問題がいっこうに終息しないからだ。それどころか、次から次へと新たな疑惑が生まれてきて、視界がますます不透明になってきている。まるで分厚い暗雲が国民の頭上に重苦しく圧し掛かり、周りが灰色の霧で包まれているような気分がする。なにしろ政府と政権政党の両トップが検察の捜査対象になっているのだから、これでは真面目な国民が憂鬱にならない方がおかしいというべきだろう。

 加えて関西では、3空港問題がこれから火を吹こうとしている。本来なら空港経営と航空会社の経営問題とは別問題なのだが、関西3空港問題は、日航の経営危機にともなう路線撤退表明を引き金にして浮上した問題であるだけに、日航再建計画と3空港問題は切り離して考えることができない。

しかしこの点で気になるのが、橋下大阪府知事の一連の言動だろう。橋下知事は3空港問題解決の切り札として「伊丹空港廃止」を掲げ、その売却資金で大阪都心と関西空港を結ぶ「リニア新幹線」を建設して、関空ハブ空港化を図ると主張している。その言いぐさたるや、「梅田と関空リニア新幹線でわずか7分で結ばれるようになると、関空は飛躍的に便利なハブ空港になる。」というもので、まるで明日にでもリニア新幹線が開通するような調子だ。

またこの構想と関連して、彼は大阪駅(梅田)北ヤード地区を「外国人特区」にして大阪を一大国際都市にしたいとの大風呂敷も広げている。今のところ明言はしていないが、この「外国人特区構想」と彼の持論である「カジノ構想」とは紙一重の関係にあるだけに、北ヤード地区が中国の「マカオ特別行政区」のように、いつ「東洋のラスベガス」に化けるかもわからない。原口総務相が橋下構想を天まで持ち上げ、全面的に協力すると言明していることも、単なるリップサービスとは思えない節がある。

橋下氏の人物像については既にいくつかの出版物も出され、大方の背後関係もわかっている。しかし、なぜ彼がこれほどまでにマスメディアに注目され、かつ世俗的な人気があるかについては、余り的確な分析が行われているとは思えない。私とて確かな情報源があるわけではないが、しかしこの間の彼の一連の言動を客観的に観察すると、橋下氏は本質的には「デマゴーグ」でありながら、表面的には当代一流の「トリックスター」としての役割を果たしているのではないかと推察できる。

デマゴーグ」とはなにか。「デマ」とは「デマゴギー」の略語であり、ある政治的な目的を持って意図的に流す「ウソ」のことである。そして「デマゴーグ」とは、ある政治的陰謀を持って「デマを流す人物」のことである。また「トリックスター」とは、「いたずら好きの人間」、「意表を突いた行動をする人物」、「抜け目のないおどけ者」などの意味で用いられる。

「トリック」とは、人を騙すための策略やごまかしあるいはそのための仕掛けなどのことであるが、しかし世間では「手品のトリック」などというように、あまり悪い意味では用いられていない。「他愛のないイタズラ」、「悪気のないゴマカシ」程度のことである。だから「トリックスター」は、マスメディアからは往々にして「機知に富んだキャラクター」として重宝される。

手品師は右手を挙げて観客の注意を引きつけながら、左手で観客を騙す細工をする。これが「トリック」である。橋下知事を例にとれば、右手で「伊丹空港廃止」と「リニア新幹線建設」をかざしながら、左手で「関空ハブ空港化」や「大阪駅北ヤード地区特区構想」さらには「WTCを核とする関西州の州都建設」を企んでいるということだろう。

しかし考えてもみたい。リニア新幹線構想は2025年に東京・名古屋間を開通(予定)させるというものであって、大阪までの延伸はそれから20年後の2045年を目指しているとしかいわれていない(日経ビジネス)。ましてその延長線上の大阪・関空間などは「夢のまた夢」でしかない。それをあたかも明日にでも開通するような口調で、当面の3空港問題の解決策として堂々と主張するのだから、「トリックスター」としての面目躍如というところだ。

だがさすがに「トリック」のお粗末さに気がひけたのか、今年4日の年頭記者会見の席上では、「中央リニア新幹線が実現するかどうかにかかわらず、伊丹空港は廃港にすべきだ」と述べ、「東京・大阪間の移動は基本的に現行の新幹線で十分で何の支障もない」と断言した。会社更生法にもとづく日航の再建計画が動き出し、機材や要員のリストラ計画が本格化すると、関空の便数削減が一段と強化されることから、何が何でも伊丹空港を廃止して、伊丹空港路線を関空に集約しようというのである。またその勢いを駆って「徳島空港南紀白浜空港も整理したうえで、関空との間のアクセスを強化すればよい」とまで発言した。

神戸空港普天間基地移設のために利用してはどうかという昨年の発言に引き続き、徳島・白浜空港の廃止にまで言及した橋下発言は、空港特別会計制度の下で乱立してきた地方空港を、道州制の導入と絡めて整理淘汰しようとする民主党の政策意図を反映している。国土交通省の成長戦略会議のメンバーである中条潮慶応大教授は、「現行の特別会計制度を解体し、航空機燃料税を廃止して、空港使用料を各空港の自由裁量に任せ、各空港を管制業務も含めて独立採算化・民営化するべきである。」と主張している(『都市問題』2010年1月号)。

「関西州知事」気取りの橋下発言は、すでに「トリックスター」の域を超えているが、世論はまだ「デマゴーグ」としてのその正体を見抜くまでに成長していない。今年もまた橋下知事の放言に振り回されるのかと思うと、憂鬱な気分は晴れようがない。