名護市長選挙の島袋基地容認・推進派候補は、自公・民主の与野党共同推薦候補だったのか、(民主党政権の内実、その3)

 普天間基地移設問題検討委員会委員長の発言が波紋を描いている。いうまでもなく、「名護市長選挙結果は民意の一つのあらわれだが、斟酌しなければならないという理由はない」、「地元自治体の合意がなくても、法律的にやれる場合もある」、「辺野古移転も含めてゼロベースで検討する」との平野官房長官の一連の発言だ。

 平野発言は、基地移転反対派の稲嶺候補が当選した直後の発言だっただけに、民意を踏みにじる発言内容とその真意をめぐって政界はもとより国民世論を震撼させた。なにしろ稲嶺候補は、民主党沖縄県連の単独推薦ではなく民主党本部が推したれっきとした推薦候補であり、民主党は稲嶺候補が公約した「普天間基地移転反対」のマニフェストを誠実に実行する政治責任、政党責任を負っていたからである。

 それが、こともあろうに民主党政権官房長官が「斟酌しなければならない理由はない」と言下に否定したのだから、名護市民や沖縄県民ならずとも「暴言」に驚き呆れ、かつ怒るのは当然だ。これでは地方自治も議会制民主主義も否定されることになり、また地方自治体の首長選挙も選挙公約もすべてが無意味になってしまう。

 それだけではない。高嶋民主党筆頭副幹事長も口裏を合わせて、「名護市長選挙は基地移設問題の住民投票とは違う。首長選挙自治体行政全般の課題をめぐって争われるのだから、選挙結果だけでは判断できない」、「安全保障など国政の課題を一地方自治体の首長選挙で決めることはできない」といった趣旨の発言をした。内閣と政権与党の中枢幹部が揃いも揃って名護市長選挙結果の意義を否定する行動に出たのだから、民主党政権に対して国民の非難が殺到したのも無理はない。

 しかしよくよく考えてみれば、鳩山政権の真意は、稲嶺候補よりも島袋候補の当選の方にあったのではないか。総選挙前の「民主党沖縄ビジョン」では普天間基地の「県外・国外移設」を掲げてみたものの、政権交代後はアメリカの強硬姿勢に圧されて辺野古移設方針に逆戻りした結果、基地移転反対を公約に掲げる稲嶺候補の存在はかえって「民主党政権の障害物」に転じていたからである。だから、鳩山政権の普天間基地移設問題を乗り切るためのシナリオは、およそ次のようなものだったと推察できる。

(1)先の総選挙で「県外・国外移設」を掲げて当選した沖縄県選出の民主党国会議員が、「舌の先も乾かないうち」に公約を取り下げるわけにはいかない。また基地移設反対陣営から民主党が単独で抜け出すことも政治的にはできない。

(2)このような沖縄の政治情勢を背に受けた名護市長選挙では、地元の基地移設反対勢力が統一候補として推薦した稲嶺候補を民主党も推薦せざるを得ない。もし推薦しなかったら、民主党沖縄県民から永久に「裏切り者」扱いをされる。

(3)しかし稲嶺候補がもし当選すれば、日米同盟にもとづく「アメリカとの合意」を最優先する鳩山政権の基地政策は、地元沖縄県や名護市の民意と真っ向から対立することになる。このような事態はなんとしても避けなければならない。

(4)そこで名護市長選挙はもっぱら地元に任せて、民主党本部からは誰一人として稲嶺候補の応援には行かない。また島袋陣営が公職選挙法違反すれすれの投票動員や露骨な利益誘導をやっていても、沖縄県警は一切知らない振りをして取り締まりさせないようにする。

(5)そして事実上の与野党推薦候補である島袋候補が当選すれば、辺野古移設計画を「沖縄の民意」だとして直ちに決定し、すでに予算化している基地建設工事に速やかに着手する、というものだった。

 だが鳩山政権にとっては困ったことには、基地移設反対派の稲嶺候補が想像を超えた基地移設推進派の凄まじい投票動員に打ち勝って勝利した。期日前投票率が史上最高の41%にも達し、それも会社の勤務中に投票動員をかけられた有権者が圧倒的に多かったにもかかわらず、である。

 この事態は、「労組役員」という名の「労務官僚」だった平野官房長官の想像の域をはるかに超えていた。だから大企業のなかで会社の意のままにならない組合員を労組役員として平然として抑圧してきた平野氏の長年の経験が、この期に及んでのあの一連の「暴言」となったのであろう。だが世論は、「憲法が通用しない」大企業の社内とは違っていた。

 今日現在に至るも、平野官房長官は自らの発言を取り消してもいないし謝罪もしていない。それどころか、「自治体の合意がなくても法律的にはやれる」とまで公言して居直っている。民意を尊重し自治体の合意を前提にすれば、「どこに持っていっても基地移設は反対される」のがその理由だという。日本中の自治体が反対なのであれば、なぜ日本国民の総意を代表してアメリカに「基地撤去」をいわないのか。それが日本政府の役割であり、使命ではないのか。

これでは、民主党政権の主張は自民党防衛族議員の主張となんら変わらない。石破元防衛相は、かねがね国防政策や基地政策は一地方の自治体の意向には制約されないと公言してきたが、それと同じ(あるいはそれ以上の)強硬発言だ。一方では「国民生活が第一」、「地域主権国家の実現」、「生命を守る政治」をうたいながら、他方では沖縄県民の生活を踏みにじってきた基地問題の「たらい回し」をアメリカの目線で強行しようとする。こんな民主党政権のご都合主義はもうとっくに国民の目で見抜かれている。

 「無理が通れば道理が引っ込む」とは日本の大企業内ではそうであっても、大企業の塀の外では通らない。そのことを労務官僚の平野官房長官は嫌というほど思い知らされるだろう。そしてこのままでいけば、彼の民意否定発言は、鳩山内閣の命運を左右する「アキレス腱」になりかねない。鳩山首相がこの難局を切り抜けようとするのであれば、まず平野長官を罷免して出直すほかはないのである。