自民党政治の老朽化を象徴する「名ばかり新党」の立ち上げ、(民主党連立政権の行方、その6)

 今回の与謝野氏らの自民党離党による新党結成の印象といえば、「立ち上がれ日本!」との威勢のいい掛け声の割には、引退直前の老朽化議員を掻き集めてやっと出来た程度の印象でしかない。言い換えれば、「立ち上がれ!」と声をかけなければ立ち上がれないほどの体力の弱った連中をかき集めたので、こんな名前をつけざるを得なかったということであろう。とにかく恐ろしいまでの「老朽化新党」であり、「名ばかり新党」というのが、国民の率直な印象だ。

 もっとも、「身体や年齢が若ければいい」というものでもない。そのことは、松下政経塾出身の自民・民主両党議員の「外見は新しいが意外に旧い体質」を見ているとよくわかる。戦前の日本のファッシズム化の切っ掛けが悉く「青年将校」によって引き起こされたことでもわかるように、「古い」「新しい」の本質は身体能力ではなく、時代を切り開く新しい思想を身につけているかどうかで決まるからだ。 
 しかしこの点に関して言えば、今回の「名ばかり新党」は、身体も政策思想も古色蒼然としているので非常にわかりやすい。いまさら「自主憲法の制定」や「夫婦別姓に断固反対」だといわれても、いまどきの若者は誰一人として振り向いてはくれないだろう。にもかかわらず「昔の名前」で出ようとするのだから、その真意は計り知れない。

 新党結成の記者会見での彼らの言い分をそのまま解釈すると、民主党を打倒することが目的であるが、自民党にはその意気込みが感じられないので、民主党自民党の両方に失望(絶望)している有権者の「受け皿」になろうというものだ。しかし郵政問題ではすでに国民新党が、小泉改革の継承では「みんなの党」が自民党から離党して「小さな受け皿」をつくっているので、いまさら「ひびの入った茶碗」を用意しても仕方がない。

 今回の「名ばかり新党」の立ち上げの背景をひとつ考えるとすれば、平沼氏や石原氏など「靖国派右翼」の旗揚げに与謝野氏が便宜的に相乗りしたとみるのが自然なのではないか。もともと与謝野氏は、自民党を割って出ることなど毛頭念頭になかったといわれる。現在の自民党谷垣執行部を刷新して、民主党に対抗できる体制づくりを目指していただけのことだ。しかし同調者が得られないので、「外から揺さぶろう」と考えた程度のことなのである。

 しかし平沼氏や石原氏は違う。平沼氏が田母神元航空自衛隊幕僚長の国会議員出馬を真剣に考えているように、彼らは現在の民主・自民両党が新自由主義政党の枠内でしか行動しないことに強い焦りと苛立ちを感じている。一刻も早くどこかで「決起」しなければならないと考えているわけだ。そしてそのひとつの機会として、今回の新党結成をたまたま利用しただけのことだろう。石原氏が記者会見で「なぜ若い者が立ち上がらないのか」と激怒した光景は、現在の靖国派右翼の心情のありかをよく物語っている。

 新党といえば、むしろ今後に予想される松下政経塾グループの動きの方がはるかに注目される。彼らの仲間は地方自治体の首長が多いこともあって、目下「首長新党」などと仮称が付けられているが、その実態は「松下政経塾新党」ともいうべき存在だ。彼らの当初の目標は、自民党でも民主党でもよいから「とにかく議員や首長になる」ことだったが、国政と地方政界で一定の人数が揃ってくると、「自分たちの政党」をつくろうとする動きが出てくるのは当然なのである。

松下政経塾出身の首長や議員に共通する際立った特徴は、彼らのスポンサーから受け継いだ強烈なまでの国際自由主義グローバル資本主義の遺伝子だろう。その特徴がこれまで政界で必ずしも注目されなかったのは、彼らのポジションが民主・自民両党の中で比較的少数であり、また若手グループに偏っていたからである。しかし、もし今回の新党結成の動きの一環として「首長新党」が立ち上げられるようなことがあれば、それは疑いもなく「松下政経塾党」結成の前兆となることは間違いない。

 戦後自民党政治は、世界にもまれな長期政権化することによって日本独特の開発主義的な保守支配体制を築いてきた。しかし小泉構造改革による急激な新自由主義体制への移行によって、そこから取り残されたさまざまな政治潮流が「残滓」として自民党内やその周辺に固着することになった。その「残滓」のひとつが剥がれ落ちたのが、今回の「名ばかり新党」の結成であろう。

しかしいまや「保守本流」として形成されつつあるのは、平沼・石原氏らの靖国派でもなければ、小沢氏らの開発利権派でもない。「新トロイカ体制」と称せられる鳩山・菅・仙石氏など民主党新自由主義グループであり、また次世代の松下政経塾グループである。そして松下政経塾グループは、民主・自民両党にまたがって存在しているため、近い将来に政党を超えた政界再編が起こるときは、松下政経塾グループが「台風の目」になることは十分に予想される。

小沢自由党と鳩山民主党の合併による「民主党」の結成は、所詮、過渡期における「コップの中の嵐」にすぎなかったのであろう。戦後自民党政治体制の崩壊過程は、「民主党による政権交代劇」として第1幕を開けたが、その第1幕が終わる間もなく、「新党乱立による政界再編」という第2幕がはやくも始まろうとしている。その予兆・前兆がどのような形であらわれるか、これからの政界再編劇には目を離せない。