民主党政権の混迷も自民党の離党騒動も戦後自民党政治の崩壊過程のあらわれ、(民主党連立政権の行方、その5)

 このところ、民主党でも自民党でも目を覆いたくなるような不祥事が相次いでいる。民主党では小沢幹事長の側近といわれる中井国家公安委員長が女性関係の醜聞で釈明に追われ、自民党では青木参議院議員会長の盟友の若林元農水相が青木氏に代わって投票ボタンを押した前代未聞の行動が発覚した。

 若林氏は「魔がさした」などといっているが、「魔がさす」とは「ふと悪いことを起こす」(国語辞典)という瞬間的な行為のことであって、連続10回も青木氏の投票ボタンを「ふと押し続けた」ことの説明にはならない。この日、若林氏が連続10回も青木氏の代理投票をしたということは、青木氏の空席時にはいつも若林氏がボタンを押すことが「これまでの習慣」になっていたか、それともこの日は青木氏に「とくに依頼」されたかのどちらかだろう。

 青木氏は、記者に「若林氏に代理投票を依頼したのか」と聞かれ、「そんな馬鹿なことをするはずがないじゃないか」と居直ったが、法案の議決投票時に前議員会長の要職にあった本人がなぜ議場の外に出ていたかについては、一切口をつぐんでいる。もし同じ行為を同僚議員が見習えば、法案に対する「政党」(自民党)としての賛否を表明することもできないし、議員個人としても国会議員としての「職責」を放棄したことになる。

 さすがの自民党もこればかりは「言い訳」ができなくて、若林氏を即刻議員辞職させたが、一方の民主党の中井氏はその後も依然として堂々と大臣ポストに居座っている。そして先日は首都圏で大地震が発生したときの災害対策についての専門家会議の報告を受け、また警察のトップとして日々国民の生命と財産の安全を守る業務に「精励」しているのだという。

 でも警察庁長官の狙撃事件を解明できず、犯人を逮捕できなかった警視庁公安部が、時効成立後に「それでも犯人はオウムだった」と公表して、日本の司法制度を否定するような驚くべき行動に出たが、本来なら国民の立場に立って警察を監督すべき国家公安委員長が何のコメントもできなかった。醜聞にまみれた人物が、もはや国民の信頼はおろか警察をコントロールする力を失っていることは明白だろう。

先日のある会合の席上でも、参加者の中のとりわけ女性たちから、「彼(中井氏)の姿をテレビで見るだけでも汚らわしい」との声が強かった。政治家は地方・国政を問わず「身辺がきれい」であることが最低条件だ。「身辺がきれい」とは、本人の人格や素行などが清潔で有権者に疑問や不信を抱かせないことを意味する。赤城元農水相が「絆創膏事件」で辞任せざるを得なかったことは、「身辺」は政治家本人の内面にとどまらず、(内面の表出である)外見までが国民の厳しい批判にさらされるということだ。国民に「汚らわしい」印象を与える政治家は、結局は「消える他はない」ということだ。

 しかしこれら一連の事態は、民主党自民党議員の個人的資質の問題にとどまらず、それら問題議員の政治的資質を育んできた戦後自民党政治体制の腐敗と荒廃の根深さを物語るものだ。日本の支配層は、自民党から民主党への「政権交代」によっていったんは保守政治体制を円滑に維持することに成功したかに見えたが、しかし政治体制を直接的に担うのは個々の政治家である以上、昨日までの「汚らわしさ」を1回の政権交代によって「きれい」にすることはできない。その頂点に鳩山首相小沢幹事長がいることがなによりの「存在証明」だ。

 結局のところ、民主党政権を取り巻く「政治とカネ」の問題も、普天間基地移設問題における「県外・国外移設」の公約違反の問題も、アメリカの核兵器搭載艦船寄港に関する「密約隠ぺい」の問題も、すべては戦後自民党政治の枠内での出来事だ。自民党自身がそれを解決できないから、国民は民主党への政権交代によってその解決を託したのであるが、やはり彼らも「同じ穴のムジナ」であることが明らかになったのが鳩山政権の半年だった。

 しかし自民党の惨状は民主党以上だ。すでに離党した国民新党グループや「みんなの党」グループに続いて、鳩山弟・与謝野氏などの「さみだれ離党」が続いているが、彼らは「離党」することはできても「新党結成」にいたることは容易ではないだろう。「新党」は「旧党」に代わる政策と政党理念を掲げなければならず、それができなければ「離散」する他はないからである。

 与謝野氏は、自民党を離党するにあたってある名言を吐いた。「自民党を分裂させるのはなく、与謝野一人が去るだけ」というものだ。これは彼自身が自民党を分裂させるだけの政党理念や政策を掲げることができないことを告白したもので、今の自民党の解体・崩壊状況をいみじくも物語っている。自民党からの「さみだれ離党」はこれからも続くだろう。でもかれらがいくら離合集散を繰り返しても、新しい時代に耐える「新党」はできないだろう。その結末は、数年もたてば政治家も政党名もすべては歴史の忘却の彼方に消え去っていくていどの「騒動劇」でしかないのである。