菅政権のダッチロール(その8)、沖縄県知事選の結果をどう読むか

 先週の12月9日、龍谷大学法学部主催で大田昌秀沖縄県知事を招いての公開シンポジウムがあった。テーマは「沖縄からみた普天間基地問題」である。沖縄県知事選の直後とあって、学生たちに交じって一般市民も多数参加して盛大な催しとなった。なかでも参加者一同が驚いたのは、85歳になられた大田元知事の情熱に満ちたエネルギッシュで疲れを知らぬ話しぶりだった。

講演会が始まったのは午後1時15分、それから4時半までは大田元知事の講演と杉田弘毅共同通信社論説委員などによるシンポジウムが連続して行われ、大田氏はシンポが終わってからも会場に残っていた学生たちの質問にひとりずつ丁寧に答えられた。会場が閉まったとき時計はとっくに5時を回っていて、外はとっぷりと暮れていた。

しかしそれからがもっと凄かった。午後6時過ぎから教員たちとの懇親会が近所の居酒屋で始まったが、なんと10時過ぎまで話題は尽きることがなかった。お疲れではないかと気遣うわれわれを尻目に、沖縄戦場での死に物狂いの体験談や本土復帰運動や基地返還闘争の経緯、そして普天間基地問題をめぐる沖縄県民の心情などを溢れるような情熱を傾けて話された。実に9時間余りにわたる「熱演」だ。

普天間基地問題については、「今回の沖縄知事選挙によって結論が出た。県内移設は不可能になった」というのが大田元知事の明快な結論だ。県民の85%が「県外移設」を求めているという世論下にあって、これまでは基地容認派だった仲井眞知事も「日米合意の見直し」と「普天間基地の県外移設」を公約に掲げざるを得なかった。そしてこの公約がなければ、いかなる候補者も沖縄県民の支持を得ることができなかったというのが、現地報道機関の一致した見方なのである。

自民党沖縄県連、公明党みんなの党は、仲井眞知事の選挙支援にまわった。これら3党は、「日米合意の見直し」「普天間基地の県外移設」を公約に掲げる候補者を公衆の面前で支持したのである。もし3党が仲井眞候補の公約に反対だったのであれば、政党として支持することは絶対にできなかったはずだ。公約は有権者との厳粛な約束事である以上、候補者はもとより仲井眞候補を支持した政党も例外なくこの公約に厳しく縛られる。政党選挙を土台とする民主政は、この大原則を否定すれば議会制民主主義は根底から崩壊することになるからだ。

今回、政権与党の民主党は候補者すら立てられないという一大醜態を演じた。沖縄には民主党県連もあれば、民主党所属の国会議員も多数いる。それでいて民主党は知事候補者を擁立できず、おまけに所属議員の選挙運動まで禁じるという始末である。政権与党が自らの政策を実現するための候補者を立てられなかったということは、沖縄問題ひいては日本の外交問題について民主党政権担当能力のないことを天下に暴露したことに他ならない。

首長選挙においても議員選挙においても、候補者数が定数に満たないときは「無投票当選」になる。首長選挙において自党の候補者を擁立できないときは、「不戦敗」となって相手候補の主張や公約を事実上認めたことになる。選挙戦において戦わない政党や政治勢力は、その時点において対抗勢力の政策を実質的に容認したことになる。

したがって民主党は、伊波候補が当選すればその公約を尊重し、仲井眞候補が当選すればその公約を承認しなければならない。今回の知事選で仲井眞候補は「日米合意の見直し」と「普天間基地の県外移設」という公約を掲げて当選したのであるから、この公約を認めなければ首長選挙は虚構の淵に沈むことになる。

ところがどうだろう。こともあろうに菅首相は、選挙後官邸を訪れた仲井眞知事に対して、臆面もなく「日米合意の遵守」と「普天間基地辺野古移転」を求めた。また12日のNHKテレビ番組の「日曜討論」では、仲井眞候補を支持した自民党公明党みんなの党が揃いもそろって「普天間基地の県内移設」の受け入れを沖縄に説得するように主張した。

「舌の先も乾かないうちに」という言葉があるが、これほど民主政を踏みにじる暴言はない。それでいながらNHK司会者の解説委員は、何事もなかったかのように平然と次の発言者に順番を振っていく。沖縄の人たちはどんな思いでこの番組を見たことであろうか。これなら県知事選をやってもやらないでも、国の方針は何ら影響を受けないと言わんばかりだ。選挙という「儀式」が終われば、「公約の変更」(破棄)など何をしてもかまわないとでもいうのであろうか。

だが講演会でもシンポでも、大田氏は「辺野古への基地移転は、絶対に沖縄が許さない。永久に不可能だ」と断言された。80歳や90歳にも達する地元の高齢者たちが辺野古基地建設予定地に十数年間も座り込んで阻止してきたのは、摩文仁の丘の「平和の礎」に刻銘されている24万人を超える戦争犠牲者を再び出さない決意からだという。それが沖縄県民全体の総意であることを証明したのが今回の知事選だった。

12日夜のNHKテレビ番組・「日米安保問題特集」では、外交安全保障問題の専門家や元外交官などが沖縄問題の解決方向をめぐって激しい討論を交わした。「政治主導」を標榜する民主党からは、外務副大臣を務め、現在は官房副長官の任にある福山氏が出席したが、他の専門家たちの議論に全くついていけいない未熟ぶりをさらした。民主党の外交安全保障政策が自民党時代と何ら変わらない舞台裏が、民主党の人材不足にもとづく政策能力の欠如にあることがまざまざと暴露された一瞬だった。

光ったのは豊下楢彦関学教授の発言だ。豊下氏は沖縄を「軍事拠点の要」ではなく、「国際公共財」として「非武装地地帯」にすることを提案した。この提案は大田元知事の構想とも通じるもので、日米軍事同盟の視点からしか事態を見ることができない民主党や外務官僚にたいする痛撃となった。(つづく)