世界遺産として731部隊遺跡跡地をどう位置付けるか、中国東北部ハルビン市731部隊遺跡訪問記(3)

731陳列館には充実した公開資料室がある。731部隊に関する各種の原資料、731部隊について書かれた中国・日本などの出版物や文献資料、陳列館や研究所から発行された頒布用の書籍、冊子、写真集、絵葉書、バッジ類などが所狭しと並んでいる。日本からの観光客や訪問団の人びともここには必ず立ち寄り、お土産か研究資料かしらないが結構沢山買って帰るのだという。

後でわかったことだが、実はこの資料室の中に世界遺産登録のための準備資料一式があったらしい。しかし、残念なことに私は中国語が読めないし、またこのときは時間の余裕がなかったので資料の存在に気付かなかった。だから、これから述べることはすでに中国側で検討されていることかもしれないし、あるいは的外れのコメントになるかもしれない。それを承知で日記を続けることにしたい。

まず、世界遺産についての一通りの予備知識から始めよう。周知のごとく、世界遺産には顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡などの「文化遺産」、同じく顕著な普遍的価値をもつ地形、生物、景観などの「自然遺産」、そして文化と自然の両面で顕著な普遍的価値を兼ね備えた「複合遺産」の3種類がある。しかしこれだけであれば、731部隊遺跡跡地などは入りようがない。

ところが、ナチスアウシュヴィッツ強制収容所(1979年登録)や広島原爆ドーム(1996年登録)の例にもあるように、「負の世界遺産」ともいうべき一群の世界遺産がすでに存在する。これは、世界遺産のなかでも「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」を指すとされ、アウシュヴィッツ強制収容所世界遺産登録がはじまった翌年に早くも登録されている。731部隊遺跡跡地が世界遺産登録に該当するとすれば、おそらくこのカテゴリーに入るのではないかと思われる。

世界遺産に登録されるためには、10ある基準の中のどれかを満たさなければならない。だがいわゆる「負の世界遺産」の場合は、第6基準の「顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの」という内容が基本になっている。世界遺産委員会では、この第6基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと考えているようだが、広島原爆ドームのように第6基準だけで登録されたケースもある。

問題は、アウシュヴィッツ強制収容所の登録に際して、「この遺跡は唯一のものであって、類似の遺跡は今後制限する」との付帯決議が盛り込まれたことだ。なぜこんな付帯決議がわざわざ盛り込まれたかについて敢えて推測するとすれば、「 人類の叡智を表現する傑作」、「人類の価値の重要な交流を示すもの」、「文化的伝統または文明の稀な証拠」などの登録基準にもみられるように、世界遺産登録の趣旨は、もともと人類の創造的発展の側面に光を当てようとするものであって、負の側面については必ずしも考慮していなかった。しかし、アウシュヴィッツ強制収容所のような「負の遺産」の存在を無視することができなかったために、これを例外的な事例として認めざるを得なかったということだろう。

また広島原爆ドームの場合は、アメリカが戦争遺跡を世界遺産に含めること自体に反対し、委員会が紛糾した。これは、広島原爆ドームをもし「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」だと認定すれば、第2次世界大戦を終結させるためには原爆投下が必要であり、原爆投下は正当行為だとするアメリカの立場を公式に否定することになるからだ。したがって、このときの妥協的な措置として、広島原爆ドームの価値はあくまでも平和希求の象徴としてのものであり、「戦争遺跡」とはみなされないことになった。

この点に関して、731研究所は最近『広島原爆ドーム世界遺産登録成功経験に関する参考研究』(2011年6月)をまとめた。731陳列館と731研究所の共同編集で発行された『学術通信』第1号(2011年7月)によれば、その要旨は「日本の広島原爆ドームは1996年に世界遺産に登録され、その世界遺産化への成功経験は参考にする価値がある。七三一部隊遺跡は、広島原爆ドームと共に第二次世界大戦の重要な歴史遺跡であり、後世への戒めとして平和を愛する精神を永く伝える重要な意義を持っている」というものだ。

皮肉なことに、中国は広島原爆ドームの登録に際しては棄権している。その理由は、「第2次世界大戦において日本はアジア諸国に多大の人命・財産の損害を与えたにもかかわらず、日本国内にはこの事実を否定しようとする人びとがおり、広島原爆ド―ムの世界遺産登録はこれらの人びとに悪用される恐れがある。よって、世界平和と安全に寄与することにならない」というものだった。

しかし中国が広島原爆ドーム世界遺産登録を成功例だと評価し、その線に沿って731部隊遺跡跡地の世界遺産登録を目指すのであれば、これは日中関係においても注目すべき歴史認識の変化であり、731部隊遺跡跡地の保存整備計画にも大きな影響を与えることになるかもしれない。以降、具体的な計画の内容について筆を進めたい。(つづく)