「橋下新党」は保守大連立の“触媒”に終わるか、「橋下新党と政界再編の行方(2)」、(大阪ダブル選挙の分析、その17)

 京都ジャーナリスト9条の会での議論の流れは、その後の交流会の雑談も含めておよそ次のようなものだった。まず「橋下新党」が(私が言うほど)簡単に国政進出できるとは思わないとの空気が結構強かった。その理由は2つで、ひとつは候補者の「タマ」の問題、もうひとつは選挙資金の捻出だ。

 「橋下新党」は200人から300人の候補者を立てて100議席を目指すというが、それだけの「タマ」(人材)を集めるのは容易なことではない。現に、維新の会の現職議員が「ひき逃げ事故」で辞職に追い込まれたり、あくどい口利きで職員の顰蹙(ひんしゅく)を買ったり、社会常識のない「最低ランク議員」だと通報されたりしている。おそらく橋下氏の「分身」(クローン)気取りで舞い上がっているのだろう。

 名古屋市議選挙においても河村市長の「減税日本」は数十人の即席候補者を立てたが、当選して議会活動を始めた途端にボロが出て、議員活動を続けられずに辞めた者もいる。いまや「河村新党」(減税日本)は“粗悪品の塊”とか“幻滅日本”と言われるほどの惨状で、次期選挙で生き残れる者はほとんどいないという。河村氏自身も任期を全うできるかどうかわからない。横浜市の中田市長と同じく、「国政進出」との名目で市長の座を去らなければならないとも限らないのである。

 それに「維新政治塾」で即席の候補者教育を施すというが、松下政経塾でも1桁の少人数塾生を4年程度の時間をかけて養成している。200〜300人もの大量の新人を僅か半年足らずで国政選挙の「タマ」に仕立てられるなどと思うのは、狂気の沙汰だといわなければならない。その程度の候補者で橋下氏の大好きな「大勝負」に打って出るというのでは、国民を馬鹿にしていると言われても仕方がない。

国政選挙は大阪の地方選挙などとは事情が全く違う。全国各地で既成政党が同時一斉に選挙戦に突入するのだから、橋下氏が応援できる範囲は限られている。「烏合の衆」が全国レベルの選挙戦に臨めば、文字通りバラバラになってしまう。地べたを這うような「地上戦」を戦わなければならない小選挙区選挙では、候補者一人ひとりの「地力」が試される。橋下氏が得意とする「空中戦」はここでは通用しないのだ。

 「維新八策」が国政選挙の政策として通用するかどうかも大問題だ。大阪の地域政党の政策をいきなり国政選挙のマニフェストに格上げするというのだから、いきおい「付け刃」になることは避けられない。「大阪都構想」が大阪で受けたとしても、「道州制」が東京や京都で受けるとは限らない。「憲法改正」「9条改変」などが前面に出てくると、「橋下新党」に対する国民の警戒心は一挙に高まる。事前の世論調査と本番の選挙戦では国民意識は大きく変化する。国民の目はそれほど甘くない。

 加えて、国政選挙は候補者1人あたり千万円単位の選挙資金を必要とする。200〜300人もの候補者を擁立するとすれば、数十億円もの巨額の選挙資金を用意しなければならない。だが、それほどの「カネ」を一体どこから調達する(できる)というのか。関西財界は目下のところ模様眺めで、「橋下新党」に対する警戒心を崩していない。橋下市政も「橋下新党」も長続きする存在だとは見ていないからだ。すぐに消える「泡」(あぶく)のような政党に「カネ」を出すバカはいない。

 「橋下新党」の最大の応援団は、目下のところ新聞やテレビなどマスメディア(それも幹部クラス)だ。だが最近になって東京方面はともかく、関西方面では幾つかの変化が出てきている。毎日テレビは、教育基本条例がブッシュ政権の「落ちこぼれゼロ法」にソックリで、実施すれば公教育が破壊されるとのアメリカ教育関係者の厳しい警告を日本の視聴者に伝えた。これに対して、橋下氏が例によって汚い言葉で激しく「つぶやいた」のはいうまでもない。

9条の会の2日後の3月4日、朝日新聞は(私の知る限り)はじめて「アメリカと大阪の教育改革の比較」に関する本格的な大型記事を掲載した。この記事を書いた阿久沢悦子記者は、1月中旬のニューヨーク市教育委員会の現地模様を写真入りで取材し、ブッシュ政権の教育調査官を務めたニューヨーク市立大学教授のインタビューの内容も詳細に紹介している。2カ月をかけた取材を経て、満を持しての掲載だろう。

記事の骨子は、見出しだけを見ても、「落ちこぼれゼロ、夢の果て」、「大阪に先行10年、NY150校淘汰」、「テストで選別」、「弱者置き去り」というもので、アメリカと大阪の教育改革の類似点を要約した比較表がことの本質を余すところなく伝えてわかりやすい。それに「予算かけ細やかな教育を」、「オバマ政権転換」との結びも気が利いている。

京都ジャーナリスト9条の会では、今後とも「橋下新党」の行方を追い続ける予定だという。これからの展開は事態の推移を冷静に見守る他はないが、今回の話題提供でもし私が結論めいたことを言ったとすれば、それは「橋下新党=政界再編の触媒」ということだろう。

私は技術系出身なので、大学の教養課程では散々化学実験をやらされた。そのときの指導教授から聞かされた「触媒」の意義が今でも記憶に残っている。それは「化学反応の際にそれ自身は変化せず、他の物質の反応速度に影響する働きをする物質」というものだ。

 「橋下新党」がそれ自体、国政政党として大きく成長していくとは私には思われない。政党としての綱領もなければ、政治理念もなく、ただそのときの「大衆の不満のはけ口」として反射的に出てきた泡のような政治集団にすぎないからだ。しかし「大衆の不満」が政治的に無視できないレベルに達している以上、既成政党は何らかの形で「橋下新党」に対応せざるを得ない。それが政界再編の引き金になり、保守大連立政党結成への“触媒”の役割を果たすとの意味である。

 この見立てが正しいかどうかわからない。「橋下新党」が“大化け”する可能性(危険性)があるという論者もいる。京都ジャーナリスト9条の会に対しては、次の機会に別の観点からの話題提供者を呼んでいただき、もう一段高いレベルの議論をしたいと願っている。(つづく)