原発周辺自治体を引き裂く避難区域の“線引き”、科学的線引きと政治的線引きとの間の矛盾、原発周辺地域・自治体の行方めぐって(その10)、震災1周年の東北地方を訪ねて(81)

福島原発周辺自治体の行方を地域目線で考えるには、双葉郡の8町村や相馬郡の幾つかの市町村を選び出し、自分の足で現地調査に行くことがどうしても必要になる。勿論、現地調査に行っても時間の制約や調査に応じてくれる方々の都合もあって、そこから得られる情報に限界があることは十分承知している。とはいえ漠然とした言い方だが、やはり行ってみないと現地の「空気」はわからない。どれだけ文献や資料を読んでみても、地元に対する「土地勘」がないと情報の裏付けが取れないからだ。

この8月末に取りあえず南相馬市飯舘村には行ったが、しかし残念ながら時間が十分取れず、満足な調査が出来なかった。そこで今回は11月11日から13日の3日間、双葉郡のなかから「役場が戻れた町(村)」として広野町川内村、「役場が戻れない町」の代表として浪江町二本松市に置かれている仮役場)の3町村を選んで駆け足で回った。広野町川内村は第1原発の30キロ圏(第2原発の20キロ圏)、浪江町は第1原発の10キロ圏内に位置するいずれも原発周辺自治体だ。

3町村の具体的な話に入る前に、原発周辺自治体12市町村の行方に大きく影を落としている避難区域の「線引き」についてまず触れないわけにはいかない。この「線引き」(ゾーニング)は、一般的には放射線レベルに基づいた地域住民の生命・健康管理のための「科学的な線引き」だと考えられているが、実はそれだけではないところに問題がある。線引きによる地域のランク分けは、東京電力原発災害賠償基準に直結する「政治的な線引き」でもあるからだ。

原発事故の発生以降、周辺自治体や被災者は政府の非科学的で無責任な避難区域の「線引き」に幾度となく振り回されてきた。「SPEEDI」(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)が全く活用されず、同心円状の避難区域が次から次へとご都合主義的に変更され、自治体と被災者はその都度避難先を変えて逃げ惑うことを余儀なくされたのである。

結果として、福島第1原発から20キロ圏内が「警戒区域」、30キロ圏内がほぼ「緊急時避難準備区域」、そして30キロ圏外の飯舘村などが「計画的避難区域」として暫定的に線引きされた。自治体別でみると、「警戒区域」が第1原発・第2原発が立地(隣接)する双葉町大熊町富岡町浪江町楢葉町の5町および南相馬市川内村の一部、「緊急時避難準備区域」が周辺の広野町川内村の1町1村および南相馬市田村市の一部、「計画的避難区域」が葛尾村飯舘村・川俣町(一部)の1町2村だ。うち「緊急時避難準備区域」は2011年9月末に解除され、今回訪れた広野町川内村はそれに当たる。

これら12市町村に対して、政府はその後2012年4月から避難区域を「帰宅困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の3区分に変更することを通知した。これが放射線レベルに対応した純然たる「科学的線引き」であれば被災者も納得したかも知れないが、この線引きが東京電力原発災害賠償基準に直結するものであったために(避難区域が異なると賠償額に大きな差が出る)、関係自治体の間では「線引き」のあり方をめぐって議論が紛糾した。

東京電力の『避難指示区域の見直しに伴う賠償に実施について(避難指示区域内)』(2012年7月)によれば、「帰還困難区域」は事故発生当時の財物価値を全額賠償するが、「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」は事故発生当時の財物価値を算定した上で避難指示期間割合を乗じて算定した金額を賠償することとなっている。減額される割合は地域によって違うが、「平均3割」というのが大体の相場だから、「帰還困難区域」とそうでない区域では賠償額にすると相当大きな差が生まれるのである。

また避難にともなう生活費の増加や精神的損害など、将来の一定期間内(2012年6月〜2017年5月)に発生する全ての損害への1人当たり包括的賠償額についても、帰還困難区域600万円、居住制限区域240万円、避難指示解除準備区域120万円と言う大きな格差がつけられている。これが4人家族の場合ともなれば、その賠償額は2400万円、960万円、480万円と言う非常に大きな差になる。避難家族にとっては自分たちの地域が「どの区域になるか」が死活問題となるのである。

本来であれば、放射線量による避難区域の科学的線引きを確定したうえで、賠償額は「線引きエリア」の如何にかかわらず被災者が避難生活を安定的に営める基本額をまず平等に保障し、次に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の違いによって比例配分的な補償額を上積みするという方法が望ましい。だが関係自治体の間では一刻も早い賠償金の受け取りを求める被災者の声に押されて、避難区域の再編案と東電の賠償基準を呑んだ自治体も少なくない。

事故発生から1年半経過した2012年9月現在、上記の再編案と東電賠償基準を受け入れたのは、南相馬市田村市楢葉町広野町川内村飯舘村の6市町村になった。しかし原発立地自治体を中心とする残りの浪江町双葉町大熊町富岡町などは、依然として「線引き」の如何にかかわらず全町平等の賠償基準を求めて政府や東電との交渉を続けている。(つづく)