憲法96条改正は「この国のかたち」を変えることにつながる、「憲法改正」に関する世論が激動している(その2)、改憲勢力に如何に立ち向かうか(6)

 日本の支配層は司馬遼太郎が好きだ。私が個人的にも知っている何人かの大企業経営者も『坂の上の雲』を読んで「身が震えた」といい、最近の若者にはこんな気概が感じられないといつも嘆いていた。国家と自己を同一視して国家のために献身的に働き、権力の階段を駆け上っていく若者の姿を、企業国家の中で勝ち抜いてきた自分の姿と重ねているのだろう。

 司馬遼太郎は国の官僚たちからも愛された。小泉構造改革を推進するためのキーワードになったのは「この国のかたち」だった。この言葉は司馬遼太郎が『文芸春秋』の巻頭エッセイの表題に用いた言葉だが、小泉構造改革が本格化した21世紀初頭になって政府の政策文書のなかに氾濫するようになった。各省庁は挙って「この国のかたち」を変えることを謳い、構造改革のキーワードとしてこの言葉を使ったのである。

 小泉構造改革が国民生活や地方自治に与えた傷跡は深い。若者は勉強する間もなく就活に追い回された挙句、その甲斐もなく非正規労働者としてこき使われるようになった。国民生活は大幅な所得切り下げと消費税増税によって最低水準にまで押し下げられ、「貧困」が家庭内暴力や家族崩壊の引き金になるようになった。平成大合併によって役場、学校、病院、商店などが無くなり、過疎化が一段と進んで、多くの高齢者が「医療難民」「買物難民」「介護難民」になるようになった。

 さすがに耐えかねたのか、「自民党はコリゴリ」の空気が国中に充満するなかで民主党への政権交代が起った。鳩山内閣への期待は大きかったが、民主党政権にはマニフェスト(いまや懐かしい言葉だ)を実行するだけの識見も力もなかった。とりわけ、政権を維持したいだけの菅首相野田首相への幻滅感・失望感が大きかった。世論の反動が「維新の会」のような鬼子を生みだし、そして安倍自民党政権を誕生させた。

 安倍首相の口から司馬遼太郎に関する発言は聞いたことはない。しかしおそらく彼の心中には、「この国のかたちを変える」ことへの野望が渦巻いているのではないか。国士気取りの最近の安倍首相の言動には、その気配が濃厚に感じられてならない。そして「この国のかたちを変える」装置として打ち出されてきたのが“改憲のマスタ―キ―”である憲法96条の改正だったのであろう。

 一般の世論もそうであるように、当初は私も96条は9条改定のための方便であり入口だと考えていた。しかし2012年4月28日に発表された『自民党改憲草案』を読んだ瞬間、自民党の狙いは「この国のかたちを(根底から)変える」ことであり、96条改正はそのための不可欠の鍵であることに気付いた。なにしろ自民党改憲草案は、天皇を元首として位置づけ、自衛隊国防軍に変え、軍法会議の設置や機密保護法の制定を求め、国家の秩序を国民の人権に優先させ、戒厳令を思わせるような緊急事態制度を導入するなど、まるで戦前の軍国主義国家の再来を思わせるような条文がズラリと並んでいたからである。

 私は昨年末の総選挙以来、革新政党が見る影もなく惨敗し、その後においてもこのような改憲勢力の新たな布陣に対する警戒心が著しく弱い状況に強い危機感を抱いてきた。その気持ちの一端を『リベラル21』のブログで表明してきたのだが、残念ながら今日に至るもその危機感が共有されているとはいえない。また護憲運動の立ち上がりもそれほど広がっているとは思えない。だが今回は、憲法学者やマスメディアが先頭に立って96条改憲反対の論陣を張っている所に新しい局面を感じる。

 率直に云って、憲法9条参院選の争点になれば、中国との領土問題や北朝鮮との緊張関係からして(あるいは参院選を狙って意図的に紛争を激化させれば)、9条を改定して集団自衛権を認める方向に世論が誘導される恐れがあった。しかし96条が争点になると、これは憲法の存在そのものが問われることになり、9条への賛否を超えて「憲法をまもれ」の大合唱が起った。これは安倍首相にとっては誤算であり、想定外の出来事だったといわなければならない。

 「この国のかたち」を変えることへの国民世論は、4月8日のNHK世論調査から1ヶ月足らずのうちに大きく変わった。各紙の憲法96条改正に関する世論調査結果をみると、「賛成」と「反対」の比は、産経(4月23日)42%:45%、朝日(5月2日)38%:54%、毎日(5月3日)42%:46%、読売(5月13日)35%:51%と、いずれも「反対」が「賛成」を上回っている。(つづく)