外国特派員協会会見での橋下発言は、彼に対する“心象風景”(イメージ)の変化に気付かない逆宣伝の場になった、「憲法改正」に関する世論が激動している(その4)、改憲勢力に如何に立ち向かうか(8)

 「心象風景」という言葉がある。一般的に云えば、人びとの心のなかに浮かんだ風景(イメージ)のことだ。稀代のトリックスターでありデマゴーグである橋下氏は、マスメディアやツウィッターを利用しながらこれまでふんだんに心象風景を活用してきた。テレビやツウィッターなどを通して「何かを変えてくれる人」とのイメージを振り撒き、閉塞状態から抜け出したいと願っている国民の気持ちを巧みに掴んできたのである。

 そのことが中身のない「公約」にもかかわらず、橋下氏が大阪府知事選や市長選に圧勝した理由であり、夏の参院選で維新の会が国政に進出しようとする強い動機と背景になっている。朝夕の囲み取材会見を毎日続ければ、必ず自分の映像が全国の家庭に流れ、視聴者が親しみと期待を抱いてくれる。100万人近いフォロアーに(意味のないことでも)毎日つぶやけば、多くの橋下フアンが何となく納得したような気分になる。これが橋下氏の“心象風景(イメージ)活用術”なのである。

 これを可能にしたのは、橋下氏自身の弁舌(口舌)もさることながら、彼を右傾化の道具として、あるいは高視聴率が取れる「人寄せパンダ」として利用しようとしたマスメディアの庇護が大きかった。ほとんど批判らしい批判もないままに「橋下番組・記事」を流し続け、ついには「次の総理大臣にしたい人」のナンバーワンにまで祭り上げたのだから、橋下氏が有頂天になるのも無理がない。彼の大好きなフレーズの「大戦(おおいくさ)に勝って天下をとる」ことがすぐそこまで来ている――こんな錯覚を抱かせたのであろう。

 だが、人びとの心は移ろいやすいものだ。心象風景(イメージ)といえどもそれは全く宙に浮かんでいるような曖昧なものでなく、それなりの大衆心理を反映している社会現象であるからだ。「橋下氏=改革者」としてのイメージは、政権交代した民主党自民党と何ら変わらなかったという国民の「失意空間」のなかに浮かんでいるのであって、橋下氏がそこから国民を引き上げてくれる気配でも示さない限りいつかは消えていくものだ。

 それに、心象風景には「賞味期限」(消費期限と云ってもいい)があることも忘れてはならない点だろう。商品コマーシャルでも「手を変え品を変え」宣伝しないと、いつかは消費者に飽きられる。だが店開きをした維新の会には、自民党と同じあるいはそれをドギツク着色しただけの古臭い商品を並べられているだけで、一向に新味がなく、見栄えもしなかった。「橋下氏=改革者」というイメージが恐ろしい勢いで色あせ、それが「化けの皮」であり「虚像」にすぎないことが次第に判明してくる状況のなかで、橋下「慰安婦・風俗必要」発言が飛び出したのである。

 橋下「慰安婦・風俗必要」発言は、橋下氏の失言でもなければ暴言でもない。維新の会の支持率がじり貧状態に陥るなかで、橋下氏が「大受け」を狙って意識的に繰り出した政治的発言なのであり、彼の“人となり”をそのままあらわした率直な発言なのだ。橋下氏はこの発言によって政治的挽回をはかり、夏の参院選に有利な状況をつくり出そうとしたのである。

 橋下氏の発言の裏には、マスメディアは「下半身」のことは書かないだろうという妙な確信があるらしい。昨年7月に『週刊文春』によって橋下氏とクラブホステスとのコスプレ(性的ロールプレイ)を暴露され、「スチュワーデスやОLの格好をさせられ『可愛い』ってメッチャ喜んでくれました」とのクラブホステスの衝撃的な告白がスクープ記事になった。だがこのとき、マスメディアの多くはこのセックス・スキャンダルに対しては眼をつぶり、橋下氏の人間としての資質を問うこともなければ、政治家や公人としての政治的・道義的責任を追及することもしなかった。

 このことが橋下氏の「世間をなめる」体質を一層助長させたのであろう。「何を言っても批判されない」、「過激な発言は却って人気を高める」、「マスメディアを利用するだけ利用すればいい」といった不遜きわまりない橋下氏の先天性にますます磨きがかかったのである。だがいまから考えてみると、昨年7月の段階での橋下氏に対する心象風景は、まだ「プラスイメージ」の領域に位置していた。だからこそ、通常の政治家の場合なら致命傷になるはずのセックス・スキャンダルが見逃されたとも云える。

 だが、時代は変わっていた。橋下氏に対する期待感が日々薄れてくるなかで打ち出された橋下「慰安婦・風俗必要」発言は、これまでの彼に対する心象風景(イメージ)を一変させた。これは知人の女性たちから直接聞いた言葉だが、橋下発言からは、「口にするのも汚らわしい」「嫌だ」「ぞっとする」「まるで獣(けもの)みたい」といったおぞましい感情を受けたのだという。このことは、5月20日の朝日・毎日両紙の世論調査でも「橋下発言は妥当でない」71%(毎日)、「橋下発言は問題がある」75%(朝日)、「維新の会の印象が悪くなった」50%(朝日)という結果でも証明されている。

 自らの口舌とイメージ活用術で伸し上がってきた稀代のトリックスター橋下氏が、その裏返しとも言うべき「イメージ・チェンジ」で失墜するのは物の道理であろうが、そのことに気付かない橋下氏が外国特派員協会の会見に臨んだ光景は哀れだった。寸言とアドリブで勝負してきた橋下氏が珍しくペーパーをつくり、「論理」的に説明(釈明)すればするほど橋下氏の心象風景は悪くなった。もはや彼が何を言おうとも、国民は「汚らわしい」イメージで橋下氏を眺めるようになったからである。