なぜ、「九条の会」は改憲阻止のためにもう一歩前へ踏み出さないのか、「学習」と「話し合い」だけでは改憲を防げない、「憲法改正」に関する世論が激動している(その7)、改憲勢力に如何に立ち向かうか(11)

 私も京都の九条の会の一員だが、このところ全国事務局から出る「メルマガ」や「ニュース」(月1回)の内容にはいたく失望している。理由は、改憲勢力が3分の2を占めるかもしれない参院選を目前にしながら、それを阻止するための効果的な方針が何ら打ち出されていないからだ。

 たとえば、九条の会の呼びかけ人である大江健三郎(作家)、奥平康弘(憲法学者)、澤地久枝(作家)の3氏が5月17日、東京都内で記者会見を行い、安倍政権の改憲策動の阻止を呼びかけるアピール「九条のみなさんへ」を発表した。そこで提案された3つの行動方針は、次のようなものだった。

 「◎全国の「九条の会」は明文・解釈両面からの改憲攻撃について学習と話し合いをおこない、その成果をふまえ職場・地域の草の根から改憲反対の世論をつくり、安倍内閣改憲勢力を包囲しましょう」
 「◎「九条の会」の輪をもっともっと大きくし、ゆるぎない改憲反対の多数派を形成しましょう」
 「◎ブロックごと、都道府県ごとの交流集会を開き、お互いの経験に学びあい励ましあいましょう。その成果をもって「全国交流・討論集会」(11月16日、於・東京)に参加しましょう」

 この方針を読んで、私は正直なところ目を疑った。この期に及んで何という悠長な方針であり、「こんなことでよいのか!」と思ったのだ。もっと言えば、「これでは駄目だ!」と感じたのである。理由は2つある。第1は「学習」と「話し合い」だけで、果たして目前に迫った参院選において護憲勢力が勝利できるのか(勝利できないまでも改憲阻止に必要な3分の1を確保できるのか)ということ。第2は、参院選の前に緊急の全国集会を持つのならまだしも、参院選から4カ月も経ってから集まるというのでは、いったい何を交流し何を討論するのかということだ。

 九条の会が全国津津浦浦で草の根の護憲組織を立ち上げ、ともすれば改憲に傾きがちの世論を護憲へと逆転させた功績は計り知れないほど大きい。また大江氏をはじめその切っ掛けをつくった呼びかけ人の方々、そしてそれを支えてきた事務局の方々は心から尊敬に値する。にもかかわらず、九条の会の発足から10年有余を経た現在、私にはいつまでも「学習」と「話し合い」だけの護憲運動でよいのかという日々膨れ上がってくる疑問を抑えることができない。

 大江氏らの「九条の会のみなさんへ」のアピールを掲載した「九条の会ニュース」(第171号、2013年5月20日)のタイトルは、「草の根からの世論で改憲勢力包囲を」というものだった。意図するところは、「改憲攻撃について学習と話し合いをおこない、その成果をふまえ職場・地域の草の根から改憲反対の世論をつくり、安倍内閣改憲勢力を包囲しましょう」ということだ。だがこの方針はあくまでも一般的、基本的な方針であって、参院選を目前にした具体的な方針だとはとてもいえない。

 そういえば今年1月28日、通常国会冒頭の国会内での記者会見で小森陽一事務局長が「新たな重大な情勢」に関する呼びかけ人からのメッセージを発表したときの説明が気になる(ニュース第167号、2013年1月29日)。小森氏は、「昨年末の総選挙結果とこれをうけた安倍内閣の登場によって憲法をめぐる情勢はきわめて緊迫しており、全国7500余の九条の会の活動を一斉に活性化させたいとの趣旨からメッセージを発表することになった」と述べた。だが問題は、九条の会の活動を一斉に活性化させる具体的な方法なのである。

 記者たちも同様の疑問を感じたのだろう。集まった記者からは「改憲派が多数を占める国会の状況にどう対応するのか」との質問が出されたというが、小森事務局長の回答は、「草の根の世論を盛り上げれば阻止できる。そのためには学習も必要だ」というものだった。率直に云って、この回答は記者たちの質問に答えていない。国会における改憲勢力とのたたかいは政治戦なのであり、世論を盛り上げたからといって改憲勢力の動きが止まるわけではないからである。このことは、これまでの無数かつ膨大な国会請願署名運動が一瞬にして葬られてきた歴史をみれば直ぐにでもわかることだ。

 問題は、九条の会参院選を目前にしながらなぜ選挙戦のことに触れないのかということだ。呼びかけ人会議や事務局会議のなかでこの問題がどう議論されているかについては知る由もないが、九条の会をもっと大きくして「ゆるぎない改憲反対の多数派」を形成するには、市民運動と政治運動の積極的関係を生み出す努力をしなければ、護憲を目的とする市民運動は空中分解を起こしかねない。この点での話し合いや討論の場が緊急に求められているにもかかわらず、なぜそのような場が九条の会において持たれないのか不思議でならない。

 この6月14日、東京で「96条の会」発足記念シンポジウムが開かれる。この会には、これまで「九条の会」に参加してこなかった政治学者や法学者が(改憲派も含めて)多数参加している。同時に「九条の会」の呼びかけ人や事務局メンバーも一部参加している。この人たちが現下の憲法状況をどう把握しているのか、そしてなぜこのような行動に立ち上がったのか、交錯する護憲運動のパズルを解くために私も討論の場に参加してみようと思う。次回はその報告をしたい。(つづく)