「96条の会」発足記念シンポジウム―熟議なき憲法改定に抗して―は、“熱気溢れる集会”となった、「憲法改正」に関する世論が激動している(その8)、改憲勢力に如何に立ち向かうか(12)

 最近、滅多にお目にかかれないような“熱気溢れる集会”だった。6月14日夜、東京四ツ谷上智大学(ソフィア・ユニバーシティ)で開かれた「96条の会」発足記念シンポジウムのことだ。会場を提供した上智大学では、当初、ささやかな集会を想定していたらしく、用意されていたのは定員270人のエレベーターもない4階の古ぼけた教室で、イスと机をギュウギュウに詰め込んだ昔そのままの会場だった。上智大学のイメージからして、国際会議を開けるような近代設備の大ホールを予想していた私は、そのあまりの落差に驚いたものの、反面では「まあこんなものか」と妙に納得した。これが第一印象である。

 だが、驚いたのはそれからだった。会場で落ち合うことを約束していた東京の友人から「早く行かないと会場に入れないかもしれない」との電話がかかってきたので開会の1時間前に会場に行ったが、すでに3分の1ほどの席が埋まっていた。そして6時前にはほぼ一杯となり、第2会場、第3会場の方も第1会場に入れなかった参加者ですぐに満室になったらしい。最終的には第9会場までが急きょ設営されてインターネットで中継され、参加者は1200人近くに達したという。

 憲法をテーマにした集会にこれだけの規模の人たちが集まったのは、「96条の会」の発起人や関係者にとっても全く予想外の出来事だったらしい。登壇したスピーカーたちが悉く驚きの言葉を口にしたところを見ると、それほど反響が大きかったということだろう。なぜかくも大勢の人たちが参加したのか。それも中高年ばかりでなく若者の姿も数多くみられたのはなぜか。そこには反原発運動に見られるような激しさはなかったが、最近の政治反動に対する鋭い危機意識がみなぎっているように感じられた。

 背景には、ここ1ヶ月余りの間に起った急速な世論動向の変化があるように思う。5月3日の憲法記念日を境にして全国各紙のほとんどが96条改憲に批判的論調を掲げ、それ以降、国民世論の流れが大きく変わったのである。これまで云いたい放題だった石原・橋下発言に対する警戒心が俄かに高まり、自民党憲法改正草案を背にした安倍首相の歴史認識や村山・河野談話見直しの動きなどに対して国民の間に大きな懸念が生じたのである。

 しかし前回でも述べたように、5月17日の大江健三郎氏らによる安倍政権の改憲策動の阻止を呼びかける「九条の会アピール」は大きな反響を呼ばなかった。理由は明白だ。96条改定を公約に掲げる改憲勢力が主導する参院選を目前にしながら、アピールは現下の情勢に即した政治分析や行動方針を打ち出すことができなかったからである。その極めつきは、「ブロックごと、都道府県ごとの交流集会を開き、お互いの経験に学びあい励ましあいましょう。その成果をもって「全国交流・討論集会」(11月16日、於・東京)に参加しましょう」という間の抜けた行動提起だった。参院選が終わってから全国的に集まっていったい何を議論しようとするのか、これでは国民の共感を呼ばないのも無理がない。

 この点、5月23日の「96条の会」結成のニュースは、国民が直面する政治反動に歯止めをかけるうえで新鮮かつ効果的な印象を与えた。翌日の東京新聞が1面トップで記者会見の模様を伝え、東京を中心にして「96条の会」への関心が一挙に高まった。そしてその記憶がさめやらぬうちに結成記念シンポジウムが開かれたのだから、主催者側が嬉しい悲鳴を上げるほどの盛会になったのである。

 「96条の会」結成の最大の意義は、憲法国民主権基本的人権の保障、平和主義のいわゆる「憲法3原則」を中心に理解されてきた日本国憲法を“立憲主義”という観点から改めて捉え直したことだ。樋口陽一「96条の会」代表は、発足記念シンポ当日の基調講演においても、またそれ以前のインタビューにおいても、ことあるごとに「96条という外堀を埋めた後、憲法前文や各条文という内堀、立憲主義という本丸を崩してゆく。そんな危うい筋道が見えます」ということを強調している。つまり、安倍政権が憲法96条を改め、国会の改憲発議要件を3分の2から過半数に緩めようとしているのは、国家権力の暴走を憲法で縛るという“立憲主義”そのものの破壊だとして参院選に向け96条改正反対を呼びかけたのである。

 この問題提起は、これまで憲法9条を中心に平和主義に徹して護憲運動を展開してきた九条の会に大きな衝撃を与えた。なぜなら、九条の会にとっての96条改定問題は「9条改憲への迂回路」という位置付けはあっても、96条改定が「立憲主義の破壊」との認識は必ずしも大きくはなかったからである。また9条の改憲論者が「96条の会」に参加していることに関しても違和感(抵抗感)があった。だから、参院選では96条改定反対の1点に絞って九条の会が積極的な行動提起を行うという方針は見送られたのである。(つづく)