大阪都構想住民投票をめぐる情勢が堺市長選のときに似てきた、中原大阪府教育長のパワハラ辞職が橋下陣営へのボディブローとなって効いている、橋下維新の策略と手法を考える(その8)

大阪都構想法定協議会案の大阪市議会議決を目前にした3月11日、中原大阪府教育長がこれまでの続投意思を翻して突然(遂に)辞職を表明した。府教委は同日夕に臨時会議を開いて辞職を即刻了承し、松井知事も同意して辞職が決まった。中原氏は橋下氏の大学時代の友人、橋下氏の肝いりで初の民間公募校長として2010年4月に府立高校に着任したが、校長時代には教員の口元を監視して君が代斉唱が行われているかどうかをチエックし、橋下氏に通報したと言う「ゲシュタボ」まがいの人物だ。

その功を認められたのか、今度は異例の抜擢で2013年4月に歴代最年少の教育長に就任し、以降、橋下氏の「刎頚の友」として府の教育行政を意のままに牛耳ってきた。その挙句の果てが、今回の辞職の直接原因となった府教育委員や府教委職員に対する数々の「パワーハラスメント」(パワハラ問題)の横行だ。中原氏は自分の意に沿わない意見を述べる教育委員や職員に対して異動(更迭)や解職(罷免)を示唆するような発言(恫喝)を繰り返し、衆人の前で叱責するなど、まるで「専制君主」のように振舞ってきた。もともと粗暴な性格であることに加えて、橋下氏の「刎頚の友」としての驕りが類を見ない高圧的言動となってあらわれたのだろう。

統一地方選大阪都構想住民投票を目前にして、中原教育長の辞職は橋下陣営にとっては手痛い打撃となる。だから、橋下氏も松井氏もできるだけ中原教育長の辞職は避けたかったに違いない。松井知事があくまでも中原氏を擁護し、橋下氏も「辞める必要はない」と援護したのはこのためだ。しかし松井氏や橋下氏の意向にもかかわらず、府教委内部では中原氏の処分が進行していた。この件については、毎日新聞が「一連の問題を巡り、中原教育長に対しては今月末の教育委員会議で懲戒処分が避けられない情勢だった。府教委関係者によると、停職以上の重い処分も検討されていたという」(2015年3月12日)と伝えている。

そうでなくても「中原包囲網」は着々と狭まっていた。府議会野党各派からは辞職勧告決議案を突きつけられ、府内41市町村(大阪市堺市を除く)の教育長からは府教委の正常化を求める異例の要望書を提出されるなど、中原氏はすでに四面楚歌の状態に陥っていたのである。府都市教育長協議会と府町村教育長会が連盟で提出した要望書には、「国をあげていじめ問題に取り組んでいるさなか、極めて遺憾。人権侵害もみられ、教育現場に与える影響は極めて大きい。教育行政の信頼回復のため(府教委の)毅然とした対応を強く求める」とあり、陰山府教育委員長は「大変重く受け止めなければならない」として、中原教育長の処分を今月中に検討する方針を示していた(朝日新聞、3月10日)。

しかし、中原氏当人もこれを擁護する橋下氏も往生際が極めて悪い。中原氏は辞職会見の席上で、パワハラ問題を認定した府教委の第三者委員会報告(弁護士3人で構成、2月20日公表)を「真実が反映されていないという認識。(当初は)辞めるべきでないと思った」(読売新聞、3月12日)などと言い、反論までする始末だ。また橋下氏に至っては、「(第三者委員会の報告書は)でたらめだ。反感を持っている職員の証言ばかり採用している」と口を極めて批判し、知事時代に自らが任命した陰山教育委員長らについても「まったく仕事をやっていない」と非難している(毎日新聞、3月12日)。橋下氏が自らの任命責任など毛ほども感じていないのだから、呆れる他はない。

私がこの一連の騒動を見て感じることは、現在の情勢が堺市長選当時の状況に次第に似てきているということだ。堺市長選は言うまでもなく、堺市大阪都構想に参加するかしないかをめぐって争われた首長選だったが、その勝敗を分けた要因のひとつに、選挙中に次々と暴露された民間区長・民間校長のセクハラ・パワハラ問題があったことを忘れるわけにはいかない。大阪都構想の内実はともかく、橋下氏肝いりの民間区長・校長が「あるまじきスキャンダル」を次から次へと引き起すことに嫌気をさした有権者が維新候補にそっぽ向き、予想以上の大差で勝敗が決まったのである。

橋下氏は「ふわっとした民意」をつかむことに長けたポピュリストだ。橋下氏の弁舌巧みな街頭演説を聞いていると、多くの聴衆が大阪都構想を「なんとなく」「ふわっと」、それがいいもののように思ってしまうのがよくわかる。橋下氏は、内容の是非ではなく聴衆の心理的な共感を掬い取ることで「ふわっとした民意」を捉えているのである。だがこの「ふわっとした民意」は、市民のなかに「嫌気」が広がるとあっけなく消えてしまうという特徴がある。

前回のブログで「橋下フアンの心理を解剖すれば、そこには『好き嫌い』の感情が支配的な位置を占めており、大阪都構想の『是非』を考える部分が非常に少ないことに気づく」と書いた。一般的に言えばそうなのだが、しかし今回の中原教育長パワハラ辞職は、実は橋下フアンの「好き嫌い」の感情に影響を及ぼす可能性が大いにあると思う。もう子育てが終わった「オバチャン・オジチャン」の世代は無理だとしても、子育て真最中の若いお父さん・お母さん世代は教育問題に特に敏感なので、この世代に橋下陣営への「嫌気」が広がると、その影響は予想以上に大きいかもしれないと考えるのだ。

大阪市議会で大阪都構想協定書が可決された翌日、一番面白くかつ充実していたのは産経新聞の紙面だった。社会面トップの「都構想 嵐の予感、協定書を可決、維新から造反、ヤジ飛び交う」の見出しで大阪市議会の様子をリアルに報じ、公明党議員が傍聴席からの厳しい批判の目に曝される模様を描いた。
「議会本会議場。起立採決を求める議長の声が響くと、勢いよく立ち上がる維新市議の横で、公明市議らも意を決したように腰を上げた。その表情は一様に硬く、すぐに腰を下ろす市議の姿も見られた。わずか5カ月前に同じ議場で協定書議案に反対しながら、今回賛成に回った公明への批判は根強い。傍聴席から公明市議たちに『議会政党としての責任を感じないのか』『座っとけ』と声が飛んだ」 
大阪都構想の「是非」を考える人の輪が広がり、教育問題を通して橋下陣営への「嫌気」が広がれば、大阪都構想への幻想は蜃気楼のように消えるのではないか。またそのときは、中原氏とともに橋下氏が「刎頚の友」として命運を同じくする時でもある。ちなみに「刎頚の友」の意味は、たとえお互い相手の為に頚(くび)を刎(は)ねられても悔いはないというほどの親しい友人のことだ。(つづく)