東京一極集中は日本を救うか? 市川宏雄氏の「耕論=東京こそ日本のエンジン」」(朝日新聞2016年8月2日)を読んで、東京都知事選余聞(1)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その6)

 毎月コラムを連載している『ねっとわーく京都』10月号(9月5日発売予定)に、「人口減少時代、東京一極集中は日本を亡ぼす」との論考を書いた。東京都知事選を考える場合、「東京都をどうするか」という課題は常に「東京一極集中をどう考えるか」というテーマと表裏一体だからだ。朝日新聞都知事選直後の8月2日、「東京一極集中でいい?」とのテーマを「耕論」で取り上げたのも同様の問題意識からだろう。

朝日新聞の趣旨は、「高度成長期以降、国はいまなお『一極集中是正策』を進めるのに、東京圏だけ人口の増加ペースが上がる現実。そして東京以外の地域にも向き合う課題とは」というもの。それに応える論客の一人が、「東京こそ日本のエンジン」と主張する市川宏雄氏である。

 市川氏は「明治大学教授」という肩書で登場しているが、東京最大手の民間デベロッパー「森ビル」のシンクタンク、森記念財団都市戦略研究所理事であり、同研究所が毎年発表している「世界の都市総合力ランキング」の責任者でもある。要するに、本籍地も現住所も東京をグローバル経済の世界拠点に成長させるべく世界の都市間競争を煽り、東京一極集中を推進する不動産資本の代弁者であり、その代表的イデオローグだと言っていい。なにしろ、『東京一極集中が日本を救う』(2015年)という著書まであるのだから筋金入りなのである。以下は、朝日耕論の氏の主張の抜粋である。

――サービス業などの第3次産業は、人口が集中する大都市で加速度的に発展します。東京圏は現在、就業者の8割近くが第3次産業です。東京一極集中は、こうした経済合理性に基づいた結果です。政府は1962年から「地域間の均衡ある発展」を一貫してめざしてきましたが、そうはなりませんでした。皮肉なことに、一極集中を生み出した産業構造が日本を支えてきたのです。人口減少のなかで、これからも有力なしくみと考えています。
――90年代初頭にバブル経済が崩壊した後、日本経済の苦境を救ったのは、民間の東京への集中投資でした。(略)この結果、法人税を中心に国全体の税収は増加に転じます。これらを原資に、08年から「地方法人特別税」が導入され、疲弊する地方に補填を始めました。
――(東京の)問題の解決には、東京の真の魅力を世界に発信し、日本のエンジンとしての東京の財政力の強化が不可欠です。それを指摘してきた、新都知事になる小池百合子さんの国際的センスと実行力に大いに期待しています。東京は大地震が懸念されますが、被害想定では山手線内は軽微で政府機能はほぼ支障ないでしょう。その他の機能は一定期間、大阪などでバックアップすればいいのです。

多分、普通の学者なら絶対に云えないような極論をここまで堂々と言う市川氏に対しては、まずは敬意を表さなくてはならないと思う。そこには、地方の犠牲の上に成り立つ巨大都市の集積メリットだけは享受し、巨大都市における階層分断社会の拡大や首都直下型地震の災厄などのデメリットなどには一切無関心な、自己中心的思考とライフスタイルを特徴とする「東京至上主義」「東京中心主義」のイデオロギーが臆面もなく表明されている。

朝日は「高度成長期以降、国はいまなお『一極集中是正策』を進めるのに…」などと寝ぼけたことを言っているが、そこには「表向き」との形容句をつけるべきだ。日本総人口の縮小にもかかわらず、東京圏が依然として膨張し続けているのは、安倍政権のもとで東京集中政策が一段と強化されてきたからにほかならない。東京では石原知事の下で民間デベロッパーやゼネコンとタッグを組んだ「東京大改造計画」が大々的にスタートし、その後、政府の「国家戦略特区」の導入にともない数々の規制緩和・税制優遇措置が実施されて、東京都心部の再開発事業やインフラ整備に対して湯水のごとく国家資金が投入されてきたは周知の事実ではないか。その総仕上げが、安倍首相と猪瀬知事が総力を挙げて取り組んだ東京オリンピック招致であり、オリンピック開催を突破口にした「世界都市東京」の実現なのである。

2013年9月の国際オリンピック委員会IOC)総会において、安倍首相は「(福島原発汚染水漏れの)状況は完全にコントロールされている」「(汚染水が)東京にダメージを与えることはない」と言い切った(朝日新聞、2013年9月10日)。しかし原発汚染水漏れ事故は当時もいまも未解決であり、また「福島と東京は離れているので東京は安全」と強弁することは、オリンピック開催時に東日本大震災から復興した日本を見せるという「復興五輪」の理念にも反する。福島と東京は別と強調することは、被災地と東京を分断する発想であり、東京さえよければ東北地方の復興が遅れても構わないとする「東京至上主義」「東京中心主義」の表明に他ならない。

しかし、時代は変わったのである。大都市と地方の人口と経済がともに成長するという「成長時代=プラスサム社会」の時代は遠くに去り、日本はすでに歴史的な「人口縮小時代=マイナスサム社会」(縮小する人口を奪い合う社会)に突入している。このような人口縮小時代に東京オリンピックを開催することは、地方から資本と労働力を奪って地域を一層衰退させ、東京一極集中をさらに加速させることにつながる。現に東北地方の復興事業は、東京オリンピック関連工事に人手を取られて公共入札が成立せず、復興工事が軒並み停滞しているではないか。

また最近の注目すべき傾向として、地方の労働力不足に伴う新たな東京一極集中が生じている点も重大だ。日経新聞8月8日付は、1面トップで「企業の首都圏転入最多」「一極集中歯止めかからず」と次のように伝えている。
――地方から首都圏へ企業の転入が加速している。2015年に1都3県へ本社機能を移した企業数は過去最多で、16年もこの傾向が続く。地方の人口減で市場が縮小し、労働力の確保も難しくなっているためだ。政府は地方創生で本社の地方移転を推進するが、人口減が首都圏への流出を促し、地方経済をさらに疲弊させる「負の連鎖」に陥っている。東京一極集中に歯止めがかかっていない。

おそらく都知事選後の東京は、市川氏のような超楽観的「東京至上主義」ムードで覆われ、「世界のために東京があるの」「日本のために東京があるの」との大合唱が始まるのだろう。そして、それらが一団となって2020年東京オリンピックに雪崩れ込んでいく仕掛けがいま凄まじい勢いで動き出しているのである。だがオリンピックが終わり、アベノミクスが破綻した先に、いったいどんな日本が待っているというのか。「大洪水よ、わが亡き後に来たれ!」とばかりの宴の後には、「一将功成って万骨枯る」の荒野が広がっているだけではないのか。ここ暫くは「都知事選余聞」として知事選後の東京を追ってみたい。(つづく)