“特高尋問調書”を想起させる大阪市職員アンケート、(大阪ダブル選挙の分析、その12)

 最近、大阪市に勤務する知人から「労使関係に関する職員アンケート」(所属長への依頼文、市長メッセージを含めてA4版12頁)が送られてきた。いま話題の橋下市長による職員アンケートの現物コピーだ。しかし一読して感じた印象は、これはアンケートといった代物ではなく、アンケートという名の“思想調査”であり、さながら戦前・戦時中の特高警察(特別高等警察)の“尋問調書”を想起させるものだった。

 通常、アンケート調査といえば、調査に応じるか否かはあくまでも回答者の任意に委ねられており、回答者の氏名記入もその範疇に入る。またたとえ調査に応じたとしても、質問項目については「無回答」あるいは「わからない」(DK)と答える自由が保障されている。無回答や「わからない」の回答比率がどれだけ重要な意味を持つかは、各種の世論調査の結果を見ても明らかだろう。また、警察の取り調べでさえ「黙秘権」が認められている。

 だが橋下徹の署名入りの市長メッセージ、「アンケート調査について」(2012年2月9日)の中には、「このアンケート調査は任意の調査ではありません。市長の業務命令として全職員に真実を正確に回答していただくことを求めます。正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます」とあるように、氏名記入をはじめとして、橋下市長は回答者に対していかなる自由も裁量も認めていない。これではまるで、「回答しなければ処分するぞ」という脅迫文そのものだ。

 戦前・戦時中の特高警察(日本軍国主義国家の秘密警察)の尋問に対して、国民が回答を拒否することは事実上不可能だった。回答しなければ拷問され、投獄され、最終的には死に至ることも覚悟しなければならなかったからだ。多くの民主主義者、自由主義者社会主義者、思想家、宗教家、社会運動家などが思想信条、所属団体、参加運動等について尋問され、自白を強制され、迫害・弾圧され、そして転向させられた。

 こんな“悪夢”ともいうべき特高警察の記憶が、まさか21世紀の大阪市政で復活・再現してこようとは夢にも思わなかった。「市の職員による違法ないし不適切と思われる政治活動、組合活動などについて次々に問題が露呈しています。この際、野村修也特別顧問のもとで、徹底した調査・実態解明を行っていただき、膿を出し切りたいと考えています」(同)との口実のもとに、労働者の正当な権利である労働活動、国民の基本権利である政治活動について、それらがあたかも不法行為・違法行為であるかのごときスタンスで尋問しているのである。

 しかも組合活動や政治活動に「誘った人」「誘われた場所」「誘われた時間帯」などを詳細に記入させ、あるいは関係者の氏名を通報窓口に情報提供するように教唆するなど、いわば職場の仲間に対するスパイもどきの密告まで奨励している。これは地域や職場で住民や労働者の密告を煽り、相互の不信感と不安感を利用してファッショ的支配を貫徹しようとした「ゲシュタポ」(ナチスドイツの秘密警察・保安警察であり親衛隊組織)の手法そのものではないか。

このような「アンケート調査」を命じた橋下市長のファッショ的体質に改めて恐怖を感じるとともに、それを実施しようとする特別顧問の野村弁護士にも同様の不安を覚える。弁護士は、本来、被疑者・被告の人権を守り弁護するという社会的使命を持つ職業のはずだ。また地方公務員法においては、憲法地方自治法に照らしての不当な職務命令や処分に従う必要がないことも明記されている。それにもかかわらず、大阪市職員に対して脅迫まがいの「思想調査」を業務命令として実施しようとするのだから、橋下氏と言い野村氏と言い「タレント弁護士」というのは、いまや特高ゲシュタポばりの体質を持つまでに変質したのかと言いたくなる。

橋下氏の所属する大阪弁護士会は2012年2月14日付で会長声明を発表し、具体的問題点を列挙した上で、「以上のとおり、本アンケート調査は、大阪市職員の思想信条の自由、政治活動の自由、労働基本権などを侵害する調査項目については職務命令、処分等の威嚇力を利用して職員に回答を強制するものであり、到底許されるものではない。したがって、当会は、大阪市に対して本アンケート調査の実施を直ちに中止することを求める」との見解を表明した。

しかし橋下氏が大阪弁護士会声明に対してツウィッターで毒づいているように、彼がこれしきのことで引き下がるとは到底考えられない。さすれば大阪市の職員や労働組合は一歩も引きさがることなく、このようなファッショ的業務命令と断固として闘うことが求められる。それも職員個人や組合単独ではなく、広汎な市民との連帯の中での闘いである。市労連をはじめ大阪市の全組合は、いまこそ市民への宣伝活動に打って出るべきだ。職員は有給休暇をとってでも街頭に出るべきだ。日本を大阪から逆戻りさせないためにも。(つづく)